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<title>南の風</title>
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<description>新年１月からの日曜日のポコ・ア・ポコのスケジュールは今しばらくお待ちください。
来年もみなさまのご参加を心からお待ちしています。
 ポコ・ア・ポコ音楽療法の会のご案内はリンクの“南の風”からご覧ください。</description>
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<title>御詠歌のフレージング</title>
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<description>西国三十三所の御詠歌を父が写した本を見ながら唱えることがありました。この御詠歌は...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;西国三十三所の御詠歌を父が写した本を見ながら唱えることがありました。この御詠歌は実に不可思議なフレージングで詠まれます。単語の途中での息継ぎが何度も出てきます。その外し方、思い当たる歌があります。ユーミンの歌です。私は歌詞よりも曲を聴く人ですが、かつて、ユーミンの歌の詞をしっかり聴いていてどうも理解できない言葉がありました。プリントされた歌詞を見ると単語の途中で息継ぎがあって、そのために次の単語と続いてまるで別の単語と聴いてしまっていたのでした。これはおかしい、と人に言うと、そう聴いてはいけないと言われて、そんなものかと妙に感心したものです。ユーミンの歌も御詠歌も何回も聴いているのですが、この２つが、今回、私の中で結びついてしまいました。こうなると気になって仕方がない。その背景等々を考えてしまいます。もちろん、直接的な関係ではなく、もっと深いところ、言語学的あるいは音楽における言葉の意味等々です。答えはそうそう簡単に見つかるものではありませんが、少なくとも御詠歌の聴き方は変わります。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;この日曜日、NHK-TVの「小さな旅」を観ていて、そのテーマ音楽を作曲した大野雄二の「NHK特集 シベリア鉄道 ロシア号の旅」が聴きたくなって実家からカセットテープを持ってきました。レコードを持っているのですが再生するシステムがないので、当時、カセットテープに録音した音源を聴く次第です。この番組は１９８２年２月に放送されました。音楽にも映像にも魅了されてしまってレコードを買い求めました。大野雄二の音楽はメロディーもリズムも音色もすごくノスタルジーを感じます。あたたくてやさしくて、ちょっとばかりウェットで、ノスタルジーを感じつつもいつ聴いても新鮮です。レコードとカセットテープというアナログの音も実にやさしい。ロシアには行ったことがありませんがシベリア鉄道に乗ったらきっとこの音楽を心の中で奏でてしまうでしょう。音の記憶です。&lt;/p&gt;</content:encoded>



<dc:creator>南の風</dc:creator>
<dc:date>2009-01-06T23:28:00+09:00</dc:date>
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<title>山田一雄の指揮と小学生</title>
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<description>元旦からよく冷えます。ハイネックのセーターで首筋も暖かくして過ごしています。静か...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;元旦からよく冷えます。ハイネックのセーターで首筋も暖かくして過ごしています。静かな年明けです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;大晦日の午後、アテンザで移動中にNHK-TVで小沢征爾のチャイコフスキーの「悲愴」を少し聴きました。オーケストラはベルリンフィルでした。すごく懐かしく聴きました。小澤が振る「悲愴」を初めて聴いたのは学生のとき、NHK-FMのライブ放送だったように覚えています。オーケストラがたいへんな音量で鳴り切っていた印象があって驚きました。これがあの「悲愴」なのかと思いました。でも、チャイコフスキーのスコアに忠実な演奏だという印象もまたありました。そう、小澤が振ると、演奏家と楽器が最高のパフォーマンスを発揮するように思えてなりません。その上で楽譜通りに奏でる。こんな曲だったのかと驚き、感動します。ラフマニノフのピアノ協奏曲第３番もその最たる印象がありました。オーケストラの団員ひとりひとりが最高のパフォーマンスを発揮する指揮、それが小澤のマジックともいえるでしょう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;かつて市民オーケストラでヴァイオリンを弾いていたとき、山田一雄の客演指揮を仰ぐことがありました。彼が亡くなる前の年のことでした。山田一雄の指揮は全身をダイナミックに動かすスタイルで、一見、斬新な音楽作りと思えますが、録音を聴くとヨーロッパの伝統を受け継ぐ正統かつ生き生きとした音楽を自分たちが奏でていたことにたいへん驚きました。そして、聴きに来ていただいた方のアンケートの記述に私はまた驚きました。「山田一雄という人はきっといい人だと思います」そう書いたのは小学校４年生の子どもでした。山田一雄の指揮もすごいが彼の音楽に彼の人となりを聴いた小学生もまたすごいと私は思いました。指揮者の力はほんとにすごいものだと思う。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;年末年始の休暇はコンピュータのメンテナンスにあてることが続いています。この年末年始は今のところ必要に迫られてモニタを調達したくらいですが、SCSI接続のフィルムスキャナ Canon FS2710をMacに繋げるための技術的な課題を解決すべく情報を集めています。方法は２つあるようです。１つは、SCSI→USBのコンバータとMacにインストールしたWindowsXP対応のドライバを使う方法です。もう１つは、SCSI→IEEE1394のコンバータとMacOSX対応のFS2710のドライバをサードパーティーから購入してMacOSX上で直接スキャナをドライブする方法です。接続例は検索できなかったのですが後者の方が確実なようです。同じことを考えている人は少なくないようで、コンバータが商品化されていたりガイドのサイトがあったりと、これからも繋いでいってほしいものと願っています。そうそう旧いものは捨てられない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;旧いといえばこれも旧いもので、音楽関係ではYAMAHAのSOL2を使えるようにしたいと考えています。インストールするだけですがその時間がないまま１年が過ぎて年越しをしてしまいました。昨年の今日はIntel Mac＋Parallels＋WindowsXPにインストールしたXGworksでMU500を初めてドライブした日です。しかし、今となってはMUシリーズの音源モジュールはMU500だけがラインナップ残るだけで、MU500とMU2000を何とか１台ずつ確保した次第です。綱渡りですね…&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;</content:encoded>



<dc:creator>南の風</dc:creator>
<dc:date>2009-01-02T23:55:00+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://minaminokaze.air-nifty.com/pocoapoco/2008/12/post-9352.html">
<title>一年の終わりに思うこと</title>
<link>http://minaminokaze.air-nifty.com/pocoapoco/2008/12/post-9352.html</link>
<description>広島と山口に旅行に行ってきました。広島は宮島と平和記念公園、山口は萩と秋吉台です...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;広島と山口に旅行に行ってきました。広島は宮島と平和記念公園、山口は萩と秋吉台です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;広島を訪れるのは初めてで、広島平和記念資料館と原爆ドームは実際に行かないとそのメッセージを肌で感じることができないことがわかりました。平和記念資料館も公園も訪れる人が多くて、とりわけ若い人たちが多いことはたいへんいいことと思いました。また、外国人の姿も少なくありませんでした。日本は唯一の被爆国として世界に原爆と戦争の根絶を訴える使命を背負っていることを強く思いました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;萩では幕末から明治、昭和に至る激動の時代に国を動かす多くの人々を輩出した松下村塾について考えることが多くありました。吉田松陰が松下村塾で教えたのはわずか３年足らずでしたがその影響はたいへん大きなものだったわけです。松下村塾の説明では、塾生ひとりひとりに適切なテキストを選び、主体的に学ぶことを大事にしたとか。そして塾生が自らの志を確信し、大きく育てるための指導を吉田松陰が担いました。教育の大切さと責任の重さを吉田松陰と松下村塾は教えてくれます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;同時に私は幕末の薩摩藩へも思いを巡らせていました。NHKのドラマ「篤姫」の総集編は篤姫の人となりを表すエピソードが凝縮されていて興味深く観ました。とりわけ第１集では自分で確かめないと気がすまない彼女の姿が実に頼もしく思えました。「おなご」だからこそと見込む薩摩守も懐の深い大きな存在だ。彼らに共通するところは何か。それは、常に現状にとどまっていないということだと思います。そこにあるのは続く変化に反応する自分と絶え間ない思考、そして、迷いと悩みです。的確に反応する力は絶え間ない思考が育てるものと私は思います。だから悩むことを恐れてはならない。姜尚中の『悩む力』はきっとそんなことが書いてあるのでは！？と思っています。NBonline（日経ビジネスオンライン）の「著者に聞く　ノウハウ本を捨てよ、悩む力が閉塞を打ち破る　政治学者、姜尚中氏が語る『悩む喜び』の極意」（2008.5.26）という見出し、そして、Keywordが「悩む力　夏目漱石」であることも興味深い。私自身、学生時代にいちばん身近に思い、多く読んだ作家が夏目漱石です。悩むことはしんどいことだが悩むことを恐れてはならないのだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;大晦日に灯油を買いに出て寄った書店で何気なく手にした本を拾い読みしていて読まずにいられなくなって買った本があります。ゲイリー・ハメル＆C・K・プラハラード著、一條和生訳『コア・コンピタンス経営　未来への競争戦略』（日経ビジネス文庫 2001）です。邦訳の初出は1995年ですから１４年も前の本ですが、私には新しい。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;今年は世界金融恐慌というべき状況で終わり、新年を迎えることになります。アメリカの金融危機、ビッグ・スリー破綻の危機、トヨタの失速から学ぶことは私にとっても大きいものがあると考えています。ジャストサイズ、リスクマネジメント、超長期的展望、フェアネス、等々。そして、今年、何度も考えさせられたことは、市民を軽んじる企業や国家は終焉を迎えるということです。新しい年にはやはり大きな変化を求めてしまいます。オバマ新大統領の登場は私にとっても期待するところが少なくありません。&lt;/p&gt;</content:encoded>



<dc:creator>南の風</dc:creator>
<dc:date>2008-12-31T23:55:00+09:00</dc:date>
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<title>仕事納め</title>
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<description>仕事納めの今日は雪が舞う寒い一日でした。病院の廊下で子どもたちと出会って「先生！...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;仕事納めの今日は雪が舞う寒い一日でした。病院の廊下で子どもたちと出会って「先生！」とびっくり。きみたち、お正月はここで？　聞けないけどみんなの健康を願うばかりです。外来の小児科はソファーがゆったりとうまるくらいでした。いつもよりずっと多い。病院の子どもたちは主人公ですね。ガラス１枚でも病院の中は暖かい空間でした。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;自宅のWindowsのデスクトップのモニタが映らなくなって新調することになり、今度は１９インチワイドの液晶モニタにしてみました。新しいモニタは発色がきれいなだけでなく視認性もいい。標準グレードでも満足度は高い。画面の枠はちょっと珍しいガンメタです。久しぶりに使うのでスペックを見ていたら、なんと、WindowsXPがSP3になっていました。いつの間にバージョンアップしたのだろう。このMacのWindowsXPはSP2のままです。それにしても物入りは続くもの（×_×） 新年早々アテンザの車検です。&lt;/p&gt;</content:encoded>



<dc:creator>南の風</dc:creator>
<dc:date>2008-12-26T23:51:24+09:00</dc:date>
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<title>代理ミュンヒハウゼン症候群</title>
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<description>今日の夕刊に「娘の点滴に異物混入…母親逮捕」という見出しを見つけて急いで読みまし...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;今日の夕刊に「娘の点滴に異物混入…母親逮捕」という見出しを見つけて急いで読みました。記事の最後に「親が薬物などを使って子どもを病気にさせる児童虐待の症例は『代理ミュンヒハウゼン症候群』と呼ばれる。」とありました。代理ミュンヒハウゼン症候群（MSBP）はセバスチャン・フィツエック著『治療島』で知りました。とても信じ難い状態と思いましたがネットで検索すると日本でも珍しくない症例です。心理の深い襞を覗き込むような重い気持ちになりました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;先週、精神科医の話を聴く機会があり、エリクソンのライフサイクルについて触れるところがありました。発達はステップを順にクリアすることとされますが、誰もが標準的な発達プロセスをたどるわけではないと考えています。発達の課題のエピソードはひとりひとり異なるはずであり、環境も異なる。標準とされるプロセスは収斂化の結果と考えるべきではないのだろうか。標準を個に押し付けてはならず、それは参照であり、個別の課題の解決のプロセスはそれぞれ異なる。標準と個別性は適切なバランスを保って考えられるべきものです。どちらも大切。&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;</content:encoded>



<dc:creator>南の風</dc:creator>
<dc:date>2008-12-24T23:55:00+09:00</dc:date>
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<title>佐伯祐三と標準レンズの眼差し</title>
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<description>２学期が終わりました。入院していた子どもたちも何人かが退院して地元の学校に戻って...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;２学期が終わりました。入院していた子どもたちも何人かが退院して地元の学校に戻って行きました。病弱の特別支援学校は子どもたちが力をつけて地元の学校に戻って行く支援をすることが第一の役割です。子どもたちの健康をただただ願うばかりです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;昨日、日曜日の朝、NHK-ETVの「日曜美術館」は佐伯祐三の特集でした。この７月に三重県立美術館でまさに対峙したともいうべき佐伯祐三の絵画の強い印象がよみがえってきました。この番組中で驚いたことがありました。写真家の高梨豊が、佐伯祐三が描いたパリを写真に撮って回ったところ、５０mmの画角でほとんどの写真が合致したというのです。３５mm判で５０mmは標準とされていますが、実際に５０mmレンズを着けてファインダーでその画角を見ると思いの外狭く感じます。広角でも望遠でもない、中途半端な画角とされがちで標準と名付けられながらほとんどマニアックな扱いを受けてきました。でも、その画角が人間の目の見方にいちばん近いとのことです。私たちは広い視野の中で自分が見たいものに焦点を合わせて他の情報と区別します。物理的な視野と情報処理上の視野とは自ずから異なるわけです。でも、人間は欲張りなのでしょう。１枚の写真の中に広さを求めることがあります。では、佐伯祐三の視野は何だったのか。自然体でパリの街を見つめ、切り取ってカンバスに再構成したということもできるでしょう。自分の目がまっすぐ見つめるものだけをカンバスに描いた。５０mmレンズの画角の窮屈さを知っているので佐伯祐三の気迫のエネルギーの凄さに圧倒されるのであろうか。５０mmの画角といえば、「ダカフェ日記」がこのところの標準レンズのヒットの立役者です。APSサイズの受光素子だと３０mm余という焦点距離のレンズがその画角になります。ちょっと使いにくいけど標準レンズでしか撮れない不思議な安定感の写真が撮れます。佐伯祐三が標準レンズの眼差しでパリの街を切り取ったという説は久々の大発見に思えました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;５０mmといえばライカ、またまた危ない本と巡り会ってしまいました。藤田一咲の『ぼくとライカの旅　パリ・ヴェネチア編』（えい出版社 2008）です。カラーフィルムはFUJICHROME PROVIA 100Fで、銀塩しか出し得ない色そのものです。コントラストも然りです。デジタルは便利です。でも、フィルムの持ち味は捨て難い。フィルムカメラは大事にしよう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;今夜は絢香を聴いています。明日はタイヤをスタッドレスに換えて草花の苗を庭に植えましょう。そうそう、明日早朝、特別支援学校の新学習指導要領が文部科学省のホームページにアップされてパブリック・コメントの受け付けが始まります。&lt;/p&gt;</content:encoded>



<dc:creator>南の風</dc:creator>
<dc:date>2008-12-22T23:55:00+09:00</dc:date>
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<title>鍵盤ハーモニカの蘊蓄</title>
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<description>木曜日はとなりの病院のレストランで昼食を食べました。いつもの日替わりランチは久し...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;木曜日はとなりの病院のレストランで昼食を食べました。いつもの日替わりランチは久しぶりのさわらの天ぷらでとてもおいしく、しっかり味わいながらいただきました。レストランの窓からは空き地のような広場と病院の職員住宅が暖かな日差しに包まれて見えました。見ようによっては荒涼とした風景ですがその時は懐かしいシーンとして映りました。その風景を初めて見たのは2001年の年明け早々だったでしょうか。医療的ケアの医学研修で訪れました。その頃はレストランが入った新しい建物もなくて、文字通り荒涼とした空き地が広がっていたという記憶があるばかりです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;自宅近くの大型電気店の中に書店が開店して寄りました。DVDレンタルもしていて本もこの近辺では比較的たくさん揃えています。書店によって目に入る本はちがうもので、今日は『キーボード・マガジン』（リットーミュージック）の2009冬号No.363が気になる本でした。付録のCDに武部聡志のピアノ伴奏の「卒業写真」が収録されていて、これが聴きたくて買いました。歌だけのトラックもあってピアノ伴奏を募集する「歌伴コンテスト2009」という企画です。武部聡志のピアノ伴奏の「卒業写真」は期待通りの演奏でした。音楽的な構造が理に適っていて安定感があり、アレンジもお手本らしいシンプルさにこれもお手本らしく定番と思わせる装飾を施した品のある演奏です。何度聴いてもいい。本の方はビリー・ジョエルや理論、テクニックの特集があってこれもおもしろい。エマーソン・レイク＆パーマーの譜面まであって懐かしいやら驚くやらです。1971年のアルバムとか。そのキース・エマーソンはデビュー４０周年で、日本公演のステージの写真を見るとモーグが聳えています。なんと懐かしい。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;同じく付録に掲載のハモンドのPRO-44Hというスズキの鍵盤ハーモニカにピックアップマイクを内蔵した楽器にはやはり出たかと納得するところがありました。値段は５万円とリーズナブルです。ポップスで鍵盤ハーモニカを使うプレーヤーは少なくないと思います。私は山下達郎の「ON THE STREET CORNER」の確か第１集で聴いたのが最初でした。1980年の初盤のレコードをCDで買い直したのは1986年のリミックス盤です。「教育機器」の鍵盤ハーモニカもこんな使い方があるのかとしきりに感心しました。当時、仕事用にヤマハの鍵盤ハーモニカの最上級モデルP-37を購入して子どもたちの歌にオブリガードを入れるなどして使っていました。その鍵盤ハーモニカのリードは軟らかな印象でした。その後、スズキからプロモデルPRO-37 V2が出たことを知って購入しました。こちらのリードはバンドネオンのような硬質な印象の音で、本体もしっかり作ってあるのか息漏れ感があまりになくて、吹いていると息が吐けなくて苦しくなるほどです。楽器としての上質感は値段相応でスズキの方に軍配が上がるのですが、ちょっとゆるい音質のヤマハはビンテージ感もあって疲れない音です。今はモデルが新しくなっているのでちがう音かも知れません。ライブの「こどもがいっぱいわらっている」のオブリガードも確かヤマハを使いました。その時も鍵盤ハーモニカは音のダイナミクスが狭くて限界を感じましたが、このハモンドのモデルは電気を使って表現の幅も広がるのではないかと想像しています。『キーボード・マガジン』インタビュー記事でモーガン・フィッシャーが鍵盤ハーモニカを吹いている写真があって、マウスピースの形状とボディの色から推してこれはヤマハのP-37シリーズでしょう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;こんなことを書いていると音楽活動をしたくなります。明日は県内のアマチュア・オーケストラがベートーヴェンの第九を演奏します。開演の時刻に仕事が入ってダブルブッキング、「くるみ割り人形」は無理としても第九は聴けるでしょうか。&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;</content:encoded>



<dc:creator>南の風</dc:creator>
<dc:date>2008-12-20T22:41:45+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://minaminokaze.air-nifty.com/pocoapoco/2008/12/only-love.html">
<title>Only Love</title>
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<description>昨夜、忘年会の会場に流れていた音楽はナナ・ムスクーリの「Only Love」でし...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;昨夜、忘年会の会場に流れていた音楽はナナ・ムスクーリの「Only Love」でした。ここはいつもこれから始まる、そう思いながらも何度聴いてもいい歌です。もう２０年くらい前のことになるだろうか、愛知県のリトル・ワールドで流れていた曲に聴きほれてしまって曲名をたずねたらナナ・ムスクーリの「糸紡ぎの歌」だったように覚えています。レコードもCDも探したのですが見つかりませんでした。そのときの印象を思い出すと“解決のない音楽”です。糸紡ぎ、それは果てしのない物語のように思います。&lt;/p&gt;</content:encoded>



<dc:creator>南の風</dc:creator>
<dc:date>2008-12-18T23:57:00+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://minaminokaze.air-nifty.com/pocoapoco/2008/12/post-2ee2.html">
<title>本の「時間感覚を延ばす働き」</title>
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<description>今朝の朝日新聞の「子どもの本棚 クリスマス特集」で意を得たりの言葉がありました。...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;今朝の朝日新聞の「子どもの本棚 クリスマス特集」で意を得たりの言葉がありました。「本が子どもに与える力　時間感覚延ばす働き」との小見出しです。「今の子どもを気の毒に思うのは、とても刹那的なこと。今、身に起こっていることしか目に入らなくて、時のつながりの感覚がものすごく短い子が多い。読み継がれてきた本には、その時間の感覚を延ばしてくれる働きがある。」 東京子ども図書館理事長の松岡享子さんのこの言葉は人の脳の働きの最も重要な機能が示されているように思います。時間の流れは誰もコントロールすることができない。でも、人は時の流れにゆらぎがあるように感じる。実感するといってもいい。それは自分の中の時間のことです。自分の中の時間は感じ方によってゆらぎが出る。感じ方は脳内の情報処理の現れであって外界との適応の仕方に大きく影響する。広汎性発達障がい（自閉症スペクトラム）の病態の本質のひとつは記憶と時間との調整力不足ではないかと思うことがあります。「ピクチャー・シンキング」といわれる視覚優位は１枚の絵と他の絵との関連付けの困難の現れではないかということです。１枚の絵と他の絵との連続性や因果関係が結びつくことで情緒の安定が生まれるのではないでしょうか。その結びつきをもたらす最たるものは音楽であり、絵本も同様のものだと考えます。広汎性発達障がいの特徴としてあげられる「想像力の欠如」はこのことを示しているように思います。精神疾患にもこのことを思うことがあります。本を読むことはすごく大切なことだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;先日、職場で雛人形のエピソードを聞くことがありました。ただ、雛人形というだけのことでしたが、私が思い浮かべたのは雛人形の歯です。実家の雛人形は口を少し開けていて白い歯が２〜３本見えます。私は小さな頃からその歯がとても印象的でした。雛人形を見ると歯が見えているかと確かめてしまいます。それはそれだけのことなのですが、先日、不意をつかれたようにその記憶がよみがえってきました。実家の土蔵に眠っている雛人形に今年は会いに行きましょうか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;Cannondale saeco用にフラットベダルを調達しました。クリップが装着できる小型、どうせなら色付きと思って、bazooka ピストペダルのゴールドにしました。saecoは赤を基調として黄がアクセントとなっています。届いたペダルは文字通りのゴールド＝金です。果たしてマッチングはどうなのか。ペダルレンチが届いたら早速交換してみます。&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;</content:encoded>



<dc:creator>南の風</dc:creator>
<dc:date>2008-12-16T23:58:20+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://minaminokaze.air-nifty.com/pocoapoco/2008/12/post-3e01.html">
<title>ミュージック・ケア研修</title>
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<description>昨日今日とミュージック・ケア初級総合研修三重会場でした。第２０８期生は１４人とち...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;昨日今日とミュージック・ケア初級総合研修三重会場でした。第２０８期生は１４人とちょうどいい人数です。熱心な学びの姿が頼もしい。さて、いつもながらサポートの私も貴重な勉強の機会です。いつの間にか自分の癖が出て基本から外れてしまっています。まさに「なくて七癖」です。その修正に一生懸命になっていると別人になってしまうかのような錯覚があります。ミュージック・ケアは不思議な音楽療法です。今夜最終回の篤姫ではないが、己の為すべきことは何かと考えてしまう。思えば、ミュージック・ケアとの出会いは文字通り雷に打たれたようでした。アリサシリーズのプログラムで身も心も納得してしまった奈良での研修は時々思い出します。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;昨夜は研修会の会場近くのイルミネーションに案内してもらって行ってきました。幹線道路からはずれて山村の田畑が広がる所にこつ然を現れたのは金閣寺やクリスマスツリー等々のイルミネーション群でした。路上駐車の車が列を作って交通整理の人まで出ていました。見物も少なくない。か細い音のクリスマスソングが流れていました。冬の田畑のイルミネーションは地域の人たちが作ったものだとか。それにしてもスケールが大きい。一体何のために、どんな人たちがどんな発想で、そして、その資金はどうやりくりしているのだろうと私は考え込んでしまいました。聞くところ年配の人たちの“作品”とのことです。農業用ハウスの骨組みに付けられたイルミネーションのトンネルをくぐりながら私はしきりに感心してしまいました。人間はおもしろい。今朝の朝日新聞県内版は県内のイルミネーションの特集で昨夜訪れた山村も紹介されていました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;今朝、アテンザで研修会場に向かうときNHK-FMでラフマニノフの自作自演の演奏を聴きました。録音は古いのですがピアノもオーケストラもライブ感がありました。ラフマニノフのピアノは実に堂々としていて迷いが一切ない。作曲者自身の演奏だからそれは当たり前だがこうも断定して弾かれると圧倒されるばかりだ。そして、フィラデルフィア管弦楽団のちょっとハスキーな弦の音が私の琴線をかき乱す。ヨーロッパのオーケストラにはない音だ。ラフマニノフのピアノ協奏曲第３番をホロヴィッツと奏でたニューヨーク・フィルもこんな音を残している。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;先週、高校生の短歌を読むことがありました。やはり高校生が書いた小説と詩も少し前に読む機会がありました。荒削りで繊細な言葉に私は惹き込まれてしまいました。このことはまた書く機会があると思います。言葉の力もまた大きい。&lt;/p&gt;</content:encoded>



<dc:creator>南の風</dc:creator>
<dc:date>2008-12-14T23:48:52+09:00</dc:date>
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