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2018年6月

BANDIT 1250SA

SUZUKI BANDIT 1250SA がマイバイクになりました。すでに生産終了となっていて逆輸入のUS 2016年モデルです。かつて、30年前、 HONDA GB CLUBMAN(250cc)に乗っていたのですが大型はまったく別の乗り物です。1250cc、100馬力のパワーを二輪車としてまとめると必然的にそうなるのでしょう。重量は256kgです。でも、BANDIT 1250SAは車体がスリムでキャラクターはジェントルなのでとても乗りやすいバイクです。といっても直列4気筒1250ccのエンジンはとりわけアイドリング時の荒々しさを押し殺したようなナーバスな印象のサウンドが気に入っています。今日はバイク店で受け取ってから40kmほど走りましたが一言でいうととにかく走りやすいということです。ギアにシビアにならなくてもとにかく走る。そして、そのまま回せばいくらでもスピードが出せる。そのトルク感とスムーズさに大排気量4気筒ならではの息遣いがあってたまらなくいい。どこまでも走りたくなる。一瞬一瞬がバイクとの対話であり、自分との対話でもある。「哲学」を語りたくなるとはまんざら大げさではないようにと思います。バイクとは細く長くつきあっていきます。

言葉について考えたこと

古書店で石田昌隆著(写真・文)「オルタナティブ・ミュージック」(ミュージック・マガジン増刊2009.7)を手にして開けたページの冒頭を目にしたそのときからこの本の虜になったように感じました。「オルタナティブ」とは件の「alternative fact」で注目された単語ですが、自分たちの表現を求めて活動する音楽家たちと著者の息遣いのリアル感が素敵です。存じ上げなかったのですが石田氏は音楽関係を撮るフォトグラファーとのこと。この本の音楽家たちの写真は6×6で撮ったものとか。2009年というと私のEOS 5D markiiが発売された翌年でコマーシャル関係もデジタルに移行した頃ですが、この本は1986年から2004年までに撮影された写真が取り上げられているのでフィルム熟成期のものです。構えて撮影されたポートレートから伝わる人物の存在感、それはいったい何なのだろう。いいものだ。でも、私がいちばん惹かれたのは石田氏の文です。自分と音楽や音楽家との出会いの経緯やそのときの心の動きが澱みなく綴られていてすっと読める。人は思春期にこうして音楽を知っていくんだと彼の物語に共感してしまう。年齢が1つ先輩というのも身近に感じる要因だろう。また、音楽家たちの国や地域の社会や文化、政治の状況についても描かれていて背景がわかるのもすごくいい。読み進めるのが楽しみです。こうした本との出会いはやっぱり古書店を見て回るしかありません。

古書店を渡り歩いた後は岩波ホールで映画「ゲッベルスと私」を観ました。内容も映像も圧倒されました。映像とは撮影も含んでのものです。珍しく「プログラム」を買い求めました。しばらくは思い返しては考えることになるでしょう。

ここしばらくNHKなどのメディアの印象が少し変わってきたように感じています。これまでマスメディアの表面にあまり出なかった情報やその出し方です。それが何なのかを追究するわけではありませんが、そうしたことも含んで冷静に判断していきたいと思うのです。「ゲッベルスと私」の日本語字幕の「総力戦」は英語字幕で「total war」とありました。調べる(weblio)と「total」には「国家全体の力を出しての」という意味もありました。そうした「total」の意味を知らないと認識が大きく違ってきます。3月に放送されたNHKの「100分deメディア論」で高橋源一郎氏から言葉の意味が無くなってきていること、無くされてきていることについて指摘がありました。情報が溢れているようで実は閉ざされている情報があるということを肝に銘じたい。語源や用法の移り変わりも注意していきたいと思う。

アーカイブズ

自宅の片づけがなかなか進まない理由、単に言い訳なのですが、まず、整理する空間の確保が難しいことがあります。本など物が多すぎます。これは物理的な理由ですが、片づけをしていると次々に本や資料に目が留まってそこで作業が中断してしまうのは性分です。発見、再発見が多すぎて面白いのです。VHSのビデオテープをDVDにダビングもしています。また、8mmビデオカメラが作動することがわかって8mmからDVDへのダビングもできることになりました。こうなると片づけは泥沼状態に陥るのは明らかです。でも、今のうちにアナログデータをデジタルデータに変換して活用できる状態にしておきたいと思っています。こうなると自宅の片づけが完了するのは遠い未来になってしまうのかもしれません。

授業での感覚

昨日今日と非常勤で勤務している肢体不自由の特別支援学校の小学部の授業に入りました。身体の状態は一人ひとりちがうので姿勢保持などの仕方や配慮も様々です。でも、肢体不自由の子どもだけでなく大切なことは重力との関わりだと思います。床や椅子などに座ったときの姿勢や不安定なラージボールの上に座ったときのバランスなど、適切な補助によって子どもの定位感はちがってきます。子どもが自分なりに抗重力姿勢を調整する感覚が身につくように指導することがQOLの向上に大きく貢献するものと考えます。不安定なはずのラージボールの上に座ったときの方がしっかりした表情や眼差し、首を回して周りを見渡すなどの姿がありました。1時間、子どもといっしょに勉強してこのことを私自身の身体が思い出しました。子どもとのリアルタイムのやりとりからよりベターな“支援”を重ねていくこと、誤解を恐れずにいうとそれは教育現場の醍醐味だと思います。リアルタイムの子どもとのやりとりの積み重ねが密度の高い学習時間を生み出します。

Distinguished Gentleman's Ride

退職後の新しい“遊び”としてバイクに乗ることにしています。かつて乗っていたのでいわゆるリターンライダーですがブランクが長いので新鮮です。その四半世紀のブランクを経てバイク雑誌を見ると新鮮だったり懐かしかったり、ときには少し考えてみたりします。その中で引っかかったのは「男ならバイク」という図式が色濃いということでした。「男ならバイクに乗るもの」「バイクに乗ってこそ男」というメッセージが伝わってくる。そうかなぁ・・・という引っかかりです。私が探しているのはもっとちがう“意味”だと思いました。日常の移動の道具としてのバイク、且つ、ストレートに心がときめくバイクで毎日の彩りとなる存在です。4月に観た映画「ローズの秘密の頁」でもバイクが名脇役でした。そう思いつつ出会ったひとつのスタイルがDistinguished Gentleman's Ride(DGR)でした。

トライアンフジャパン大阪のサイトの記述が面白い。「当イベントは、クラシックバイクとカスタムバイクのイメージに焦点を当てて企画されました。レトロがテーマであり、カフェレーサー、ボバー、クラシックといったバイクはまさに最適です。スーツとの組み合わせで少しでも滑稽に見えてしまうオートバイは相応しくありません。プラスチックで覆われたスポーツ用モーターバイクや、ツーリング用の大型バイクでの参加はお控えください。」趣味性の高いイベントです。そんなバイクがあったら私もエントリーしたいものです。でも、「スーツとの組み合わせで少しでも滑稽に見えてしまうオートバイ」というフレーズは見方次第でしょう。トム・クルーズがスーツでレプリカに乗っている映画のシーンがあったように思いますが違和感は感じませんでした。私のバイク(6月下旬納車予定)はスズキのBANDIT 1250Sで色は赤です。ときにはスーツで乗ることがあるかもしれません。自分のスタイルで乗りたいと思っています。

「このゆびとーまれ」

昨日の三重小児在宅研究会で富山県の小規模多機能事業所「このゆびとーまれ」代表の惣万佳代子さんの講演を聴く機会がありました。実に11年ぶりです。惣万さんは近年、ナイチンゲール賞を受賞され、今年は藍綬褒章を授与されました。11年前、富山で開催された第3回地域共生ホーム全国セミナーに参加して「必ず社会現象につながっていくと思う」とこのブログに記しましたが、幅広く名実ともに社会で認知されてきていることをとても嬉しく思います。10月にはフォーラムが開催されるとのことで私もぜひ参加したいと考えています。11年前のブログを読み返すと「やっと行けるようになった」との記述があることからその機会を待っていたことになります。なぜ地域共生をテーマとするセミナーに行きたいと思ったのか。(京都)岩倉にも触れています。野沢和弘さんや浦河べてるの家との出会いもありました。今、様々なたくさんの糸を手繰り寄せることも脳の再起動につながると思っています。

「差出人は紫式部」

横長のゴム印の赤い文字に「差出人は紫式部」とある郵便物が届きました。中身はE・バイロイター著、山城順訳「ディアコニー ドイツ・キリスト教社会福祉の歴史」(ゆるり書房 2007)です。長崎ウエスレヤン大学教授(当時)山城順先生のホームページ「パルーシアワールド」を初めて訪れたのは2005年の初夏、障害学分野の調べものをしていてのことでした。私が検索したキーワードは「福子」でした。「現代社会とキリスト教」と題されたページには病や障害、癒しなどについてキリスト教の枠を超えて記されていました。記述は歴史や文学と広く、深きにわたるものでした。それからしばらくすると「パルーシアワールド」は閲覧できなくなっていました。記述内容が個人情報の扱いに疑義があるとの指摘があったとか。その後再掲された文書は割愛されたのか4分の3くらいの分量のように思いましたが、キリスト教の考え方が社会のあり様のベースになっている欧米の状況を考えるときに欠かせない示唆を与えてくれるように思いました。今日届いた「ディアコニー ドイツ・キリスト教社会福祉の歴史」は宗教改革以前から1982年当時までのキリスト教社会福祉について書かれてあってたいへん興味深い内容です。読み易い本ではありませんが障害や病気の人たちと社会のあり様を考える時、何かしらの示唆があるように思います。

「差出人は紫式部」というのは古本検索サイト・スーパー源氏の加盟店がゆうメール割引サービスを利用して本を送るときの“記号”のようです。

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