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身体、ということ

年末に書いた記事の身体(からだ)の乖離が気になっていて、すると身体という言葉ばかりが目に飛び込んできます。この週末に佐伯胖先生の著書が話題になることがあって、そういえば佐伯先生も身体について触れた記述があったと思い出してブックマークから探しました。「アートとの出会い ~ 『学校化された知』からの解放~」という文章です。ここでは「身体技法」という言葉がキーワードです。身体の乖離についてどう扱われているのか。考えないことを学んでしまうということからやはり乖離があると見ていいでしょう。身体技法として学んでしまっている。そこでアートとの出会いについて考察が始まる。この中で「根源的能動性」は同時に「根源的受動性」でもあることの説明には詩人キーツの「ネガティブ・ケイパビリティ」が登場する。そして、私がここしばらくこれも気になっていた言葉、appreciationも登場する。私のアンテナにひとつずつ引っかかっていた言葉たちが関連性をもってそこに勢揃いしたかのような観があって私は感無量の思いになりました。前回の記事を書いた12月31日大晦日の日から2週間、やっと光が見えてきました。でも、大事なことは今後に活かすということです。

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