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サマースクールのセッションで考えたこと

先週木曜日の朝起きようとしたら両脚の太ももに少し張りがあることに気づきました。前日、以前勤務していた肢体不自由の特別支援学校のサマースクールでミュージック・ケアのセッションを行ったことが原因でしたが、その脚の張りがとても心地よい一日でした。

今年の会場は学校で、木造の教室や廊下から木の香りがして懐かしさがこみあげてきました。子どもたちと家族(今日はみんなお母さん)、担任の先生、看護学校の学生ボランティア、他校から研修で参加の先生方とに大勢でにぎやかでした。このサマースクールは年に1度でしかも年によってグループが異なりますが10年以上続いているので私のセッションの文脈を覚えていてくださっていてすぐに一体感のある空間ができ上がります。これはすごいことだと思っています。動と静、発散とコントロール、インスタントサクセスの積み重ね、子どもとお母さんのコンタクトや交流、笑顔も言葉もすばらしいものでした。初めての学生ボランティアや先生方もすぐ理解していただきました。1時間20分があっという間に過ぎてしまいました。セッションが終わっても会場のあちこちで楽しそうな声がして、帰り際に初めてお会いした若いお母さんが「すごく楽しい時間でした」と声をかけてくださいました。子どもの笑顔はお母さんの笑顔につながり、お母さんの笑顔は子どもの笑顔にストレートにつながります。いっしょに楽しい時間を過ごすことの意味はとても大きいのです。

セッションの最中、リードする者としてその場の全て、集う子どもたちやお母さん、学生ボランティア、担任の先生、研修参加の先生、みんなみんなの参加の姿とその空間の物語、そして、プログラムの組み立てと曲選び、動作を通した音楽の伝え方や聴き方、等々について、把握して分析し、次のアクションとしているのだということ、そのこと自体をクールに見つめるひとりの自分がいた、今回はそんな感覚がはっきりとありました。ポコ・ア・ポコが思うように開催できなくなって半年を過ぎて久しぶりのセッションだったということもあると思います。一つ一つの要素を確かめながら準備し、セッション中も五感を総動員していました。そして、鯨岡峻先生の関係発達の著書を読んでいる最中だったことも深く関わっていました。重症心身障害児といわれる子どもたちの教育やミュージック・ケアのセッションの意味を関係発達の考え方から説明し、支えてきたことを自らの実践で表し示しているのだという少々不遜なことも考えていたようです。同時にそれはその日の私の役割でもありました。

もうひとつ、夏休みだったことも私の感じ方を変えているのかもしれないと思いました。夏休み前半は出張が続いて新幹線などの公共交通機関をよく利用します。夏休みなので子どもの姿をよく見かけます。学校ではない場、空間、文脈での子どもたちです。そして、お母さんやお父さん等々、家族単位で子どもを見る機会がたくさんあって、なぜか、そんな子どもたちの姿がすごく愛おしく思えるのです。一昨日のセッションでの子どもたちとお母さん方との温かい穏やかな関係性もそうでした。子どもたちもお母さん方も満面のすてきな笑顔でいっしょに過ごすことに関わることができてほんとに嬉しく思いました。みんなの幸せを心から願いながらセッションを終えました。

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