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2017年2月19日 (日)

東京、京都、名古屋

先週末は東京、昨日は京都、今日は名古屋と、このところ移動距離だけは何様というくらいのスケジュールです。重なるときは重なるものですが、自分で動けば必ず出会いと学びがあることを実感しています。東京ではいつもながら仕事というより自分の勉強になっています。もっとも宿題をもらってくるので仕事は帰ってからですが。京都では訪問先で思いがけなく知人と出会って同じ志と知って驚きました。名古屋は音楽療法の勉強でこれも収穫多々有りでした。日頃パソコンとにらめっこしての仕事が多く、これがリア充かとしみじみと思いました。

京都は金曜日から前泊で行きました。ホテルはかつて学生の頃住んでいた界隈にあって、その周辺は卒業後も出張などで何度か訪れたことがあるので今回はとくに身近に感じました。京都駅の南の方で観光客が訪れることは少なく、いわゆる京都らしさは探さないとわからないのですが、私が住んでいたのはその地域の村長を務めていたという旧家の土蔵の2階で、そこだけは古都の趣きが詰まっていました。大きな門の脇の押戸から入ってよく手入れされた庭の敷石の上を歩いて土蔵に向かいます。私の部屋は京間2畳ほどの広さしかなく、天井は屋根に沿って傾斜していたので立って背を伸ばせるのは部屋の半分ほどでした。それでも居心地がよくて、下宿代も格安だったので助かりました。時には、電話に呼んでもらって母屋の玄関に入ると呉服屋が反物を何枚も広げて家人が品定めをしていた光景を見たことがありました。そうした暮らしと門の外の京都らしさの少ない町並みはミスマッチがあっていろいろ考えるところもありました。東京での仕事はあと1年半くらい続きますが、京都もこれからしばらく通うことになることと思います。自ら動けば出会いも学びもある。動けるときは動きたいと思っていますが、泳ぐのを止めたら呼吸ができなくなる鮫のような性なだけです。

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