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音階

音階練習で思い出しました。本棚から探しての抜き書きです。

わたし自身の場合は、恋人ではなかったが、いつかエーヴ・ラヴァリエール嬢の部屋で出会ったあの若いお針女の魅力に(もっと正確にいえばさまざまな魅力に)、恋愛感情に近いものを感じていたと言うべきだろう。彼女は、ある有名な洋裁店で働いていた。夕方の七時に仕事場を出ると、最初に来たバスに飛び乗り、クリシー広場で降りる。それから、コーランクール街をくだって、わたしのアパルトマンの階段を大いそぎで駆けのぼり、部屋の入り口で、わたしと顔を合わせるのだ。わたしもそこで、胸のしめつけられる思いをしながら、いらいらと待っているというわけだ。
「ねえあなた・・・わたしを待ってちゃだめよ。・・・勉強しなくちゃ。さあ、早く、ヴァイオリンを・・・」
彼女は、部屋のすみの窓のそばに座り、まるでお祈りでもするように掌をくみあわせた。それから、もううっとりとしたような目を伏せた。・・・・夜が、窓ガラスのところまで迫ってきていた。うすくらがりのなかで、わたしは、心をこめて、ド、レ、ミ、ファ、ソ、ラ、シ、ド、と音階をひいた。一方、そのすてきな若い女性は、わたしが音階を解いたり結んだりするのを耳にすましながら、涙をこぼしてくれたのである。
「ねえきみ、何かほかのものをひいてほしくないの?」
「どういうもの?」
「モーツァルトとかさ!」
「いや、いやよ!」
「なぜだい? じゃ何かきれいなソナタをひこうか・・・バッハか何かの?」
「いや。わたしたちのあいだに、誰か知らない人がいるような気がするもの。・・・音階をひいていると、あなたがわたしに話しかけてるみたいなの」
(ジャック・ティボー著、粟津則雄訳「ヴァイオリンは語る」より)

大学のときに読んで以来、何かきっかけがあると思い出しては読み返しているところです。ピアノを習っていた子どもの頃は意味がわからなくてつまらなくてすごく嫌だった基礎練習、音階練習が「弾きたいように弾く」ための必須練習とわかってから、でも、そのためだけでなくピアノと話をするように弾くようになったのが音階練習でした。楽曲ではなく音階練習はピアノとふたりだけで話をしているような感覚になります。もちろん、それは自分との対話でもあるわけです。粟津則雄の訳もすごくいい。

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