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2012年1月

1月の日曜日のポコ・ア・ポコ

1月の日曜日のポコ・ア・ポコは8家族のみなさまに来ていただきました。1か月に1回のセッションなので子どもたちの成長にはハッとさせられることがあります。体がぐんと大きくなった子、しっかり待てるようになった子、そして、お母さんもゆったりと過ごされるようすをたいへんうれしく思っています。今日はそんなシーンがいくつもありました。最後に大きなシャボン玉がゆっくりと落ちてくるようすを身じろぎもせずにしっかり見届けることができた子どもたちの成長ぶりに、何かいいことがありそうな新年を予感させられる思いがしました。

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「アデルの恋の物語」の小道具たち

「アデルの恋の物語」は1976年に日本封切りですからもう35年も前の映画で、イザベル・アジャーニがブレイクしたフランソワ・トリュフォー監督の作品です。当時、学生のとき京都で観た映画の中でもっとも印象的な作品のひとつです。物語も然ることながらアデルが書店で紙を買うときに出す大きな硬貨が鮮明に記憶に残っています。年末、30年余ぶりにDVDで観た「アデルの恋の物語」でもその硬貨の大きさとカウンターに置かれるときの大きな音を確かめることができました。そして、今回はアデルの茶色の革の手袋が目につきました。この映画は他にも小道具がいろいろと印象的です。アデルが束で買い求める紙はペン先から出る荒々しい音でその生地の粗さを伝える。そうして書き綴った筆記体の美しさは物語の深淵のほどを想起させ、登場人物たちが身につける衣服はそれぞれの“正装”で確固たる意志を表す。物語はアデルが精神を病んでいく姿を追い、美しい字も衣服も次第に乱れていきます。この映画のメッセージは今となっては釈然としないところがあるものの、イザベル・アジャーニの熱演と効果的な小道具の使い方などが映画という媒体の表現構造に観る人を惹き込むのだと思います。

“正装”といえば映画「アンタッチャブル」も私が注目する作品です。エリオット・ネス役のケビン・コスナーもマローン役のショーン・コネリーもまるで着こなしのお手本のような映画です。ケビン・コスナーはスーツとトレンチコート、ショーン・コネリーはツィードのジャケットが決まり過ぎだ。そして、当時としては当たり前の帽子が実にかっこいい。これも年末にDVDを買い求めて“復習”をしました。この映画はエンニオ・モリコーネの音楽も素晴らしい。こちらは1987年封切り。

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新年あけましておめでとうございます

新年あけましておめでとうございます。本年もポコ・ア・ポコ共々よろしくお願いいたします。

新年早々カラオケで坂本冬美バージョンの「また君に恋している」を聴いてビリー・バンバンが聴きたくなりました。ビリー・バンバンは私よりもひと回り上の世代で私が小学生の頃のデビューです。iTunes Storeでは「また君に恋してる」「君の詩」「白いブランコ」の順に人気があるとのこと。歌詞は二の次で音楽を聴いてしまう私にとってビリー・バンバンの歌はなぜか歌詞を聴き込んでしまいます。訳ありの歌、そう思わせる歌い方が実に巧みだ。そんな体験がなくても自分のことのように思い出してしまうような心もちになってしまう。ビートルズにも学生運動にも遅れて生まれた世代、それが長い間私の中でしこりのようになっていました。そのせいか音楽も少し前の世代の音楽を聴き込んでしまうときがあります。

年末年始の休暇はパソコンのメンテナンスの時間ですがMacBook ProのHDD換装を10月にすませてしまったのでちょっと気の抜けたところがあります。それでも大須界隈は足の向くまま半日歩きました。Macを使いながらもWindowsが気になるのは自作のおもしろさを知っているからだと思います。タワーのIBMとDellはいくつかのパーツを入れ替えたり増設したりして勉強になりました。もう十数年前のことです。「自作パソコンは必要だから作られるのではなく、作りたいから作られる」とは「詩と真実」です。どうせならモンスターのようなマシンを作りたいもの。部屋の隅にあくまでも静かに佇んでブルーのあやしい光がゆらめく高性能マシンがいい。そうなるとOSはWindowsでもMacでもLinuxでも何でもいいと思う。そう思った今日の大須でした。

数日前までウェーベルンを聴いていたのに今夜はベートーベンを聴くという変わり身の不可思議さ。アバドが振る「英雄」はスピード感がたまらない。

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