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2011年11月

11月の日曜日のポコ・ア・ポコ

11月の日曜日のポコ・ア・ポコは8家族のみなさまのご参加をいただきました。いつもご参加いただくみなさまで、しっかりとプログラムを追って“安定”したセッションながらも毎回の新鮮さがありました。1か月に1回のセッションですが、子どもたちどうしの社会性の築きもできていきます。最後の大きなシャボン玉を見つめあうときもあれば今日のように誰かが割ってしまうこともありますが、それをすっと許せるようになってきています。次はきっと見つめあうことと・・・おっと、それはそのときにならないとわからない。そのときの関係性から生まれるものです。

先々週、気温が下がり始めたので裏地付のスーツを着たらその重いことに驚きました。こんなに重かっただろうかと。歳のせいかも知れないと思いましたが2~3日で慣れてきました。コートも着始めてすっかり冬の装いです。冬はいろんな服を着ることができてちょっとうれしい季節です。

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音楽の力

朝、朝刊のテレビ番組欄から録画したい番組を探してリモコンのBSボタンを押すと画面がNHKプレミアムの「クラシック倶楽部」に切り替わってその音楽、音に圧倒されることがしばしばあります。その瞬間、別世界に連れて行かれたようで手が止まってしまう。そんな中、先日のジェームズ・ゴールウェイはとりわけ圧倒的な放送でした。こちらは録画しました。ゴールウェイのフルートは彼の音であり、文字通りよどみなく湧き出る泉のような音楽です。先日の放送は9月に来日したときのコンサートで、モスグリーンに銀のペイズリー柄のジャケットが際立っておしゃれで、1939年生まれの72歳とは思えないヴィヴィッドな演奏、そして立ち回りでした。どんな楽曲も彼が演奏するとジェームズ・ゴールウェイの音楽と化してしまう。その音楽は楽曲の魅力を100%表すもので、普遍的なスタンダードとして聴こえてきます。聴く者にとってはいろんなことのあるべき姿や方向に気づかされる音楽といえるでしょうか。

3・11後、芸術家など表現者が創作や表現の場で発してきたメッセージはポジティヴなものであり、そこから生きる力を感得した人は多いと思っています。

そのメッセージは楽曲のほんの一部を聴いただけでも伝わるものです。話はいきなり松田聖子に飛ぶのですが、先日のNHKの「SONGS」で放送されたデビューからの映像で彼女の歌を聴いてやはり同じことを考えました。また、AKB48も3・11後のプロデュースで「がんばれニッポン」のメッセンジャーという役目が加わり、被災地訪問を重ねたりすることで歌などの表現も変わってきたものがあるのではないでしょうか。

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靴、足、歩くということ

明日からの1週間に備えて靴を磨くと心構えまでシェイプアップされるようで、困ったことに眠気が遠ざかるように思えます。今日から新しい靴クリームを使い出したので塗りやすくて底革のサイドも色がよく着きます。私が持っている革靴は1足をのぞいて同じメーカーでトラッドとよばれるデザインのみです。それでもまだまだバリエーションがあって目移りしてしまいます。

いい靴は歩き方を矯正するのかも知れないと気づいたのは先日のこと。新しい革靴を履いたところ右外側のくるぶしが当たって痛みがあって、これは足に合わないのかと思って歩き方を工夫していたら歩き方が変わってきて痛みも前ほど感じなくなってきました。そういえば私が履く革靴の甲の部分は曲がり方が左右異なるのです。革のせいと思っていましたが同じ曲がり方が続くと自分の足のせいかと思えてくるわけで、これはリハビリに他ならない。

「モオツァルトは歩き方の達人であった」と書いたのは小林秀雄で、高校1年の実力テストでこの冒頭を目にした私は雷に打たれたような衝撃を覚えました。それからしばらくして、なぜかモーツァルトの鼻が気になって仕方がないというおかしなことを考えるようになりました。モーツァルトは自分の意志で歩いているのか、はたまた、鼻に引っ張られて歩いているのかということが気になって仕方がないのです。言い換えれば、自分の身体を自分で御し得ているかということです。もっと言えば、自分の中で湧き出る音楽を楽譜に落とし得ているかということ。芸術家が芸術家足り得る所以はそうしたパッションを自分のものにできるかどうかという際どさを自分のものにしているかどうかという才なのだろう。そのことを確かめるひとつの手段が歩くということなのだろうと思う。

足は自分の体重のすべてを支える部位であるということは地球の重力とうまく付き合っていく役目を担っているということ。感覚統合の根幹だと言える。しっかり歩いていきたいと思う。

今日はどこかからアンドレ・ギャニオンの「めぐり逢い」がかすかに聴こえてきて足を止めました。冬間近と思いました。

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東京行

週末は東京と横浜に行ってきました。土曜日は朝から用があったので前日の出発としましたが、仕事が終わったのは午後11時過ぎでした。そんなこともあろうかとインプレッサで行くことにしていました。鈴鹿と四日市を回って川越インターから湾岸道に乗ったのは12時半でした。ほとんど休みなく走って走って横浜のホテル着が朝5時。シャワーと身支度だけしてすぐホテルを出るというタイトなことになってしまいました。24時間フロントが開いているホテルで助かりました。

東京ではちょうど大学祭たけなわで駅に近いところに寄ってみました。目白駅の駅中、線路の真上の焼きたてのパン屋さんに入っていつも感じる東京がそこにあることで眠気も疲れもどこかに飛んでいってしまいました。簡素な造りの店ですが清潔感があり、何よりもスタッフの応対がとても心地よい。マロンデニッシュとコーヒーといっしょに店の空間全部の賞味となった次第。目白界隈は大学の街。おじさんたちも紳士然としていていつしかマンウオッチングとなりました。私にとって東京に行く意味はこんなところにもあるのです。おしゃれはほんとに大事だと思う。

帰り道は横須賀に寄り道をして11年ぶりに国立特別支援教育総合研究所に行きました。私がここで学んだのは11年前の初夏から夏にかけてのことでした。ある意味で私の人生を大きく変えた2か月でした。今日は休日で人気はなく、マラソンや自転車でよく行った三浦半島を回りました。でも、それはなつかしさよりも、もっとしっかり見たかったのにその時は時間がなかったのでまた訪れたいということだったと、今日、気づきました。葉山や逗子、材木座海岸など、まるで文化圏がちがうような光景は時間をかけてしっかり回りたいと、やっぱり今日も時間がなくておあずけとなりました。

今回の東京行で聴き続けたのはLady Gagaでした。インプレッサの前のオーナーの音楽データがHDDに残っていて私はLady Gagaを知って、車なのでそれなりの大音量で聴くことができて、そして驚きました。25曲のどれもが聴き応えがあって何回聴いても発見がある緻密な音楽です。Lady Gagaは徒者ではないと思って調べるとニューヨーク大学で音楽を勉強しているとのこと。その音楽は音楽史の集大成とも思える音があるように思う。構造もまた然り。しばらく聴き続けることになるでしょう。

ところで、インプレッサは出発前日に空気圧を0.1ずつ上げたらこれが大失敗で、まるで振動が収束しないバネの上に乗っているかのようにフワフワでした。しかし、調整する時間もないまま高速に入ったのでたまらず最初のSAでガソリンスタンドに飛び込みました。調整後はこれまでの安定した挙動に戻ってほっとしました。わずか0.1気圧でこんなにも印象が変化する車は初めてです。メーカーの指定は前輪2.3、後輪2.2で、なんとなく高めの指定だとは感じてはいたものの、それは文字通り適性そのものだったわけです。私のインプレッサは1.5LのATで起伏のある高速道路では非力を感じますが、走りそのものはたいへんしっかりしていてSTIを仕立てんがためのベースであることがよくわかります。その素性のよさを最大限引き出す空気圧だったわけです。今日は1日で500km走りましたが疲れない車です。

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