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2011年3月

【重要】3月27日(日)ポコ・ア・ポコ中止について

3月27日(日)のポコ・ア・ポコは諸事情が重なって中止をさせていただくことになりました。たいへん申し訳なく思っています。セッションの中止はポコ・ア・ポコを始めて以来9年間で初めてのことですが、この3連休に東京に行けなかったことや東北関東大震災も影響しています。3月27日(日)中止のことはお知り合いのみなさまにお伝えいただきますようお願いいたします。なお、4月からのスケジュールをアップしましたので、併せてお確かめいただきますようお願いいたします。

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どこへ行こうとしているのか

地震も津波もその対応が私の仕事にストレートにつながっている災害ですが、原発の事故はまさかの出来事です。この3連休にまた車で東京に行くことになって、それだけでなく決心を要するところです。ガソリン事情も今ひとつ掴み切れていないのですが、こちらはなんとかなりそうと思っています。東京事情はツィッター頼みで収集です。

今回の震災でエネルギーの頼り方について考えさせられることが多々あります。「オール電化」に踏み切れなかったのも今回のようなリスクが拭い切れなかったことがあります。同じ電気でも供給方法によってはもっと頼ってもいいはずです。そして、先日、薪ストーブのおだやかな暖かさに触れて先人たちの智恵の深さを思いました。私たちはどこへ行こうとしているのか。

東北はコンパクトシティ構想を推進しています。復興を考えるにはまだまだ時間がかかりますが、コンパクトシティ構想はぜひ継続していただきたいと思っています。心から応援したい。掛け値なしで日本の将来がかかっているとの認識です。

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ツィッターと共助

たいへんな地震災害が起こった。自然の力の圧倒的な大きさをあらためて思い知らされた感だ。この夏に宮城県の学校などをベンチマーキングに訪れて身近に思っていただけに他人事ではない。連絡が取れなくなっている列車があるという仙石線も乗った。美しい海岸線と南北に広く続く仙台南部の平野は豊かに実る稲穂が輝いていた。あのとき出会った人たち、そして、石巻市特別支援教育共同実習所のコンクリートミキサーは大丈夫だろうかと心配は尽きない。

私は車を運転中で県内の揺れに気づかず、テレビを見るまで知りませんでしたが、宮城県でも停電のために津波の警報が出ていることが広く伝わっていなかったかも知れないというツィッターのつぶやきがあっていろいろ考えるところがありました。ツィッターでは、また、首都圏の帰宅困難の人たちへの情報提供が相次いで、公的な大規模な支援とは趣が異なる共助の姿がありました。ツィッターは善意の行動者たちによってつながりの情報が提供されている仕組みだと思っています。「インフォーマルな社会保障」(広井)と同じ文脈の、これは、人として当然といえる善意の営みと考えられます。妊婦や障がいがある人たちへの非難場所の提供などノウハウが必要な支援の情報があります。

さて、そうした情報のやりとりに必要なハードとして私はiPhoneを使っていますが、今回は防災関係のメールが断続的に届いたことや通信状態がよくなくてアクセス状態が続いたことで消費電力が増えたのか、バッテリーが早くなくなってしまいました。ほぼ12時間でバッテリー表示が赤になって予備充電バッテリーから充電しました。首都圏の帰宅困難の人たちも携帯のバッテリー次第で判断や行動が大きく左右されることが考えられます。電源のON-OFFや表示照度を調整してバッテリーが長く使えるようにする智恵も必要。そのiPhoneのiOSは先ほどiOS3にバージョンアップしたところです。iPadはiOS3にバージョンアップして充電器につないだらバッテリー表示がいきなり100%になって驚くやら首を傾げるやらです。

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2月のまとめ!?

昨日、オデッセイのタイヤをスタッドレスから夏用に交換しました。2月は京都に3回、東京に2回(八ヶ岳高原経由が1回)、長野に1回という長距離ドライブの慌ただしい週末で、やっとこの土日は近場のいつもの用事だけになりました。

2月末の土日に東京に行ったときは乙武洋匡さんたちが起業して始める「まちの保育園」の近くに行くことがあって寄ってきました。まだ工事中で、その日の前日には説明会があったのですが気づくのが遅くて定員に達していました。「まちの保育園」で注目したいところはカフェがあることです。お母さんお父さんも地域の人もそこで交流することをデザインしています。もちろん、そのための+αのしかけも必要ですが、そうした場がその意図でつくられていることがまず大事。開園したらぜひ訪れたいと思いました。

また、2月初めに行ったときは文化庁メディア芸術祭にも行って来ました。会場は六本木の国立新美術館です。時間がなくてゆっくり観ることができなかったものの、自分の感覚が日常と非日常とを行き来する浮遊感がおもしろくて五感が覚醒するかの体験がありました。サテライト会場の東京ミッドタウンもその存在そのものが興味津々で見て回りました。

国立新美術館と東京ミッドタウンを結ぶ道筋に、昭和初期と思しき木造の住宅や店舗があって目を引きました。使われているようすもない廃屋で、国立新美術館と東京ミッドタウンとは対極にある建造物といえますが、そのコントラストが東京の裂け目のような、声を押し殺したような叫びのように思えてカメラを向けることもためらうほどのインパクトがありました。メディア芸術祭も似た感覚を覚える作品がいくつかありました。人間って何?、幸せって何?、と絶えず問いかけられているようでした。

東京ミッドタウンの前でスマートフォンと思しき携帯のCMかPVのロケが行われていて、これも興味津々でした。役者というのかダンサーというのか、スーツの男たちのきびきびとした動作はプロならではのキレがあって魅入ってしまいました。自分の身体を意図通りに動かすこと、それは当たり前のようですごく難しい。たいへんな技術だと思いました。あと、驚いたのは、カメラがCanon EOS 7Dだったことです。ビデオカメラではなく一眼レフ、それも、ハイアマチュア向けのEOS 7Dだったのです。そういえば私のOLYMPUS E-P1の動画もいわゆるフルHDできめこまかな描写です。そのクオリティが写真を趣味とする人たちが手にする機材で得られるということです。そうか、そういうことだったのかと、私の中で落ちるものがありました。誰もがクリエイターになれる環境が身近にあることを実感しました。

東京は人が多くて、それだけで経済の循環が成り立っているとみていいでしょう。では、地方はどうか。このところ広井良典の定常型社会やコンパクト・シティの考え方に大きな関心があります。学校がコミュニティをつくるというフレーズも現実味を帯びてきているように思います。学校を整備することが新たな地域社会をクリエイトするという、双方向の行き来の仕組みや仕掛けが地方の活性化につながるということを仮説にしばらく考えてしまうでしょう。

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