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2010年9月

「ドリーム」と「つばさ」

ポコ・ア・ポコのご案内の葉書を作ってプリントを終えました。次回は次の日曜日です。その週に届くのは遅いのですが、店をしている知人に言わせるとダイレクトメールはそんなものということです。バーゲンセールといっしょにされても困るのですが、今はインターネットがあるので少なからず助かっています。ホームページやブログに加えてTwitterも活用する予定で準備中です。

昨日はこの地域の特別支援学校の運動会に行って来ました。特別支援学校の行事は通常の学校とはちがう発見や感動があります。特別支援教育をニーズとする子どもたちがそうして学習の成果を披露する場が学校教育にきちんとあるということ、それは当たり前のようでそうではなかった時代を経ていることを忘れてはならない。障がいがある人たちに光が当たる社会はまちがいなく豊かな社会です。もっと光を、とはどこかで聞いた台詞です。

さて、運動会の御用達カメラはやはり一眼レフでしょう。私も久しぶりにEOS Kiss DXのバッテリーを充電し直してカメラバッグを持って行きました。なんだかんだといっても一眼レフの実力は侮れない。単にきれいに見せるだけでなく、広いダイナミックレンジを描き切る設定もあってフィルムに通じる懐の深さを感じさせる絵作りのカメラです。それだけに作り込む難しさがありますが、ふだんから一眼レフを使わないと写真は上達しないことを痛感しました。作品を作るためのカメラです。

はいだしょうこの「情熱大陸」で印象的だった歌、「ドリーム」と「つばさ」を調べていていろいろとわかっていろいろと考えることがありました。「ドリーム」は音楽座のミュージカル「シャボン玉とんだ宇宙(そら)までとんだ」の曲です。これはCDなどの音源がなく、YouTubeであるくらいでした。楽譜はどうなんだろうと、これは今後のリサーチです。「つばさ」は本田美奈子が30秒のロングトーンで魅せた歌のようですが、この歌の本田美奈子は線が太くて頼もしい。これもミュージカルの雰囲気がある曲です。

今日、松阪駅前の銀杏は黄色く色づき始めていました。急に気温が下がったからでしょうか。寒暖の差が大きい年は紅葉がきれいだと聞いたことがあります。この秋は壮大な景色を見るかも知れない。

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「三重大学レーモンドホールと木造モダニズムの系譜」

ひとしきりの激しい雨が上がって三重大学の「札幌聖ミカエル協会とアントニン・レーモンド展〜三重大学レーモンドホールと木造モダニズムの系譜〜」に行きました。お目あては三重大学レーモンドホールです。レーモンドは帝国ホテル旧館を設計したフランク・ロイド・ライトとともに来日したチェコの建築家です。朝刊で一般公開と知って慌てて訪れた次第です。三重大学のレーモンドホールは前身の県立大学図書館として建てられた物で、移築して水産学部の食堂として使われてきた経緯があります。この建築物はガラスの開口部が広く、繊細に組み合わされた木材が美しい。

展示は他の代表作も写真と解説があって、2000年の夏に訪れた軽井沢のペイネ美術館もありました。その時は誰の建築かということは関心がなかったのですが印象に残る建築でした。ペイネの作品以上に建物を見て回った記憶があります。

レーモンドの建築はシンプルなのに大胆、大胆なほどにシンプルというべきでしょうか。伝統とモダンが高いところで調和して美しい。伊勢神宮も彼の作風に影響したとのことですが、私には別物の印象です。異なる文化の構成感がある。人間の居場所がきちんとある。軽井沢のちょっと古い別荘群と相通じる美学があるように思います。事実、レーモンドは軽井沢にいくつかの作品を残しています。著作権が切れた文学作品がi文庫などで読めるようになって立原道造や堀辰雄の高原を舞台にした作品に再び触れていただけに、このタイミングに今日のレーモンド展かとその絶妙な巡り合わせに驚きすら感じます。折しも「政府、低層庁舎や学校は木造に」というニュースが今週あっただけに私の関心も高まっていました。レーモンドは日本の小学校もいくつか手がけていることを今日知りました。

今日は寒い一日でした。朝、オデッセイの車外温度計は26度でしたが雨上がりの午後は22度でした。三重大学レーモンドホールの前の彼岸花のつぼみが赤い花びらをのぞかせていました。残暑が長引いたこともあって今年の彼岸花の開花は遅いそうです

レーモンド設計事務所

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音楽2話

今夜は四日市のビーボのラストライブでした。ジャズのライブはほんとに久しぶりで堪能しました。でも、今日で閉店です。

先週の「情熱大陸」ははいだしょうこの特集でした。「おかあさんといっしょ」の頃はあまり知らなくて、スプーのイラストの放送事故で笑ってしまったくらい。もちろん歌はうまい。そのうまさはどういうことなのか。「ていねいで誠実な歌声は説得力にあふれている」というナレーションの言葉が言い当てて妙だと思う。彼女の言葉も傾聴に値する。「自然と子どもたちの笑顔が出たり、子どもが笑顔になっているのを見た母さんやお父さんがまたうれしくなったり、お母さんたちが笑って聴いているのを子どもがお母さんの顔を見て楽しさが伝わったりとか、子どもたちの心がいちばん成長するときに(歌が)残っていてくれたらいいな」これは心理学でいうところの間主観性の営みに他ならない。また、こうも言う。「歌を歌っているときだけはすごく自分を表現できたっていうのがあって、その瞬間だけは人に伝えることができたり、自分の気持ちを表すことができたりするなって、小さい頃からすごく思っていた。自分自身も」 歌、音楽の核心をつく言葉でしょう。この番組ではいだしょうこがいちばん歌えていた、いちばんよかったのは「ドリーム」だと思いました。

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自転車2話

この連休に東京日本橋から大阪日本橋まで550kmをロードレーサーで一気に走破するロングライドがTwitterで中継されていて時々チェックをしていました。仮眠をとって夜も走って1日と18時間で走破でした。ロードレーサーは速い。なんとも痛快なチャレンジです。

私は長くて短い日が続く3連休です。昨日は所用で朝からクロスバイクで市内を走り回っていました。渋滞知らずで車より速いと実感すること多々あり。カメラ店の駐車場で大型スクーターの60代と思しき男性から声をかけられました。「シンプルやな」「クロモリか!」等から所有のロードレーサーを直したい話まで、立ち話とはいえ一気に核心に及ぶも時間がなくて残念でした。街乗りは痩身のクロモリがいい。

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9月の日曜日のポコ・ア・ポコ

9月の日曜日のポコ・ア・ポコは12家族のみなさまに来ていただきました。常連のみなさまと初めてのお子さん、ほんとに久しぶりというお子さんと、いつもながらその時々に気持ちの向くみなさまの空間です。それでもいっしょにセッションができるところがほんとに素敵だと思います。ポコ・ア・ポコのロゴをラミネートしてコミュニケーションシンボルとして作ってみえるお母さん、8年間通い続けてお子さんの成長を実感されたお母さん、遠いところから誘い合って来てくださる方々・・・お子さんの成長を願って精一杯できることをなさっているお母さん、お父さんの姿はすごく尊い。この親子の姿に応える社会がそろそろ見えてきてもよいではないかと思う。

iPadは障がいがある人たちのエイドとしてどんな位置づけになっているのだろうか。そんなことを考えていたらATAC(エイタック)カンファレンスに行きたくなってとりあえずホテルの予約をしました。ATACカンファレンス2010京都です。ATACカンファレンスは学術的でありながら現場のエピソードも“素”のまま取り上げるなど、フランクな情報交換の場として新しいスタイルで運営を行っていて実に刺激的です。モチベーションが上がります。京都というロケーションもイノベーションにつながる予感があっていいものだ。ATACカンファレンスは2001年から2003年にかけて3年続けて参加してきました。今年は実に7年ぶりです。

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voice4uの文脈

今日、松阪市で全国最高気温を記録したとのことです。37.2度ですから体温より高い。今日の午前中はこの地域の特別支援学校のグランドの草刈りをしていました。そう暑いと思わなかったのは湿度が真夏ほど高くはなかったからでしょうか。ただ、グランドは砂漠化していて草も水分が枯れているようでした。一生懸命生きているのにそれでも刈るのかと思いながらもきれいにしてきました。もちろん、こんなことで絶える草ではない。

iPhone / iPod Touch / iPadのアプリケーション、voice4uのウェブサイトも必見です。voice4uはアメリカ在住の日本人が開発したものですが、このサイトを読むにつれて、日本だったらこの形では生まれなかったかも知れないと思いました。「あなたの声が聞きたい」という思いを実現するためのリソースがまるでこの時を待っていたかのようにそろっていた。iPhoneの登場がその締めくくりのように思える。アメリカはかつて「ボードメーカー」でコミュニケーションシンボル作成をシステム化した歴史を持つ国です。それはアメリカだから成し得たのだろうか。日本ではなかったことが、ただそれだけでなく残念に思い、同時に考えさせられることが多々あるのだ。そして、前に進もう。

今夜は花井悠希のヴァイオリンの「主人公〜さだまさしクラシックス」を聴いています。これは日本人でなければ成し得ない音楽だろうと思う。

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オーストラリアの特別支援学校

学校教育はお国柄が顕著に出るように思います。特別支援教育の仕事をしているので各国の社会の仕組みや歴史、宗教といった教育を取り巻く社会の諸要素のことにも大きな関心があります。外国の学校を訪問したことがないのにそう思うのは数々のメディアによります。障がいがある人たちの環境は欧米が進んでいると思われているようです。何をもってしてそう思わしめるのか。それは検証が必要だと思いますが、そんなことはちょっと横において、こんな所もあるよという、ポンと膝を打ちたくなるウェブサイトをヒットしました。「オーストラリアの養護学校事情」です。日本の特別支援学校の小学部1年生の夏休みにオーストラリアの特別支援学校に体験入学したときのエピソードです。読み方は読み手それぞれですが、なんともいえないほんわかとした時間と空間が社会の豊かな文脈を伝えてくれています。コミュニティーの人と人との関係性はこうありたいと思ってしまいました。オーストラリアも個人主義なのだろうか。そんな一言で片づけられることではありませんが、ふと、そう考えてしまいます。それから、iPhoneやiPadが障がいがある子どもといかに繋がるかについても数々のエピソードがあって、日々一刻一刻を楽しんで行動するやわらかな発想に脱帽です。トップはこちら

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ショパンのワルツの楽譜

このブログのデザインは“いかにも”という印象で敬遠していたのですが、よく見ると、この楽譜はショパンのワルツ ホ短調(Waltz In E Minor Opus Posth. Kk4A No.15)でした。アリス=紗良・オットがオルビスのCMで弾いている曲です。なぜか「はたらけ、くちびる!」とか。アリス=紗良・オットのショパンワルツ集では遺稿ということもあってか18番目に収録されていて、次の19番目のイ短調(Waltz In A Minor Opus Posth. Kk4B No.11 - Allegretto)へと続く曲想のつながりがショパンの達した音楽芸術の高みを表しているようで私はとくに感じ入って聴いています。ショパン生誕200年の今年、ショパンとは縁遠いかと思っていましたがこんなところに伏線があって、子どもの頃に好きだったワルツと再び向き合うことになろうとは少なからず驚きです。早速、ショパンのワルツ集の楽譜を実家から持ってきたのですが、今の版よりも曲数が少ないことに気がつきました。今の版が1200円、私の版は350円です。たぶん、30年くらい前の版か。

楽譜といえば、京都府宇治市の老舗のお茶屋さん、中村藤吉本店のカフェの障子紙はベートーヴェンの交響曲のスコアが「すかし」で入っていて、たぶん第6番「田園」だと思います。茶そばもよかったけどそんな障子紙を使うことになったいきさつはどんなだったのだろうと思いを巡らせもしました。

しばらくこのブログのデザインでいきます。

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「ゆるやかなワルツ」

今日も暑かった。残暑という言葉は「残酷な暑さ」が語源ではないかと思うくらい暑かった。この夏の暑さには生命の危険をうっすらと感じることがあって何かと消極的になっていたところがありました。玄関前のポットのインパチェンスは葉っぱがほとんど落ちて茎が残っているだけになってしまいました。かといって花の苗を調達に行っても今頃植える花はなし。明日の団地一斉清掃の後でなんとか始末をつけたい。

「ゆるやかなワルツ」はフィンランドの作曲家メリカントのピアノ曲です。それがわかったのは先日届いた舘野泉「フィンランドピアノ名曲集」のCDででした。でも、この曲自体は8年前から知っていました。CD「WIND OF LAPIS classics with Summer Breeze」の中の1曲です。ところがくわしいデータがなくて曲名以外はわかりませんでした。この曲を初めて聴いたとき、加羽沢美濃の「くまの子ウーフ」と印象が似ていてお気に入りになりました。それから8年後、やっと作曲者がわかったということです。音楽ソフト「Sibelius」の名前がきっかけで久しぶりに聴くようになった北欧の音楽の延長線上の出会いでした。この秋と冬は北欧の音楽をたくさん聴くことになるかも知れない。「耐える智恵」を教えてくれるかも知れないと、ふと思いました。「智恵」なのです。素敵な音楽です。

久しぶりにiPadをMacに繋げたらソフトのアップデートで55分とか。夜にやればよさそうですが気になってインストールすることにして朝から足止めをくらいました。iPadをMacに繋げるきっかけは「筆談パット」というアプリをインストールしてバックアップしようとしたことです。このアプリ、名前の通り筆談がパッとできる。ただそれだけ。でも、それだけに使い方はいろんな可能性があります。子どもの遊びと同じでルールは簡単なほどおもしろい。スポーツも然り。このアプリを知ったこちらの使い方は興味津々です。筆談といえば筆談ですが、アイデア次第で幅広いコミュニケーションツールとしてしっかり実用になります。

iPadのアプリはAppleの承認がないとインストールして使えない、つまり、Apple Storeに並ばない。しかし、Safariで動くウェブ・アプリならすぐ使えるし修正もすぐ反映されます。Keynoteも同様です。機能はこの順に制限されますが、シンプルな教材やツールなら子どもひとりひとりのバージョンがきめ細かく用意できるでしょう。アイデア、気づき、ひらめきが大事。あっと驚くアプリや使い方が登場するにちがいない。そんな予感に気づかされるiPadです。

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ロードレーサーとおじさん

この夏に出会ったロードレーサーはなぜかおじさんが多かったように思います。猛暑の炎天下に自転車に乗る。ただそれだけのことにエールを送りたいと思って車の窓越しに見ていましたが、いつしか、その乗り方が美しくない!と気になってきました。気になりだすと観察してしまいます。ロードレーサーは脚が一定のスピードでくるくると回って身体が左右にぶれないのが力学的にも理想であるはず。合理的な動作はそもそも美しいものだ。そんなペダリングはイノーのペダリングという。これを教わったときは目が釘付けになったものだ。以来、意識して乗るようになった。ロードレーサーは美しく乗りたいものだ。いや、美しく乗らなければもはやロードレーサーとは呼べないとまで思う。お腹の出たおじさんでもイノーのペダリングはできる。これは自分へのエール(*_*)

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