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2010年3月

桜の花のように

昨日今日と、教室と病室を回って修了式を10回執り行って平成21年度の授業日が終わりました。子どもたちが回復してたくましく生きる日々が来ることを祈るばかりです。今は力をたくわえる時。春に咲き、芽吹く木々のように力をしっかりたくわえてほしいのです。

ピニンファリーナのチーフ・デザイナー(当時)奥山清行氏を特集したNHKハイビジョン特集「デザインルームの6か月 イタリア・スーパーカー誕生」(2005)の音楽がやっとわかりました。Liberaの「サルヴァ・メ」でした。「サルヴァ・メ」とはラテン語で「私を救ってください」とのこと。他の番組でも使われているようです。Liberaの音楽はドライなところがいい。「FINAL FANTASY」の音楽もLiberaだろうか?

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春を前にして

幸せの黄色いビオラになってほしいと植えたビオラがいよいよ咲き誇る頃となってきました。ポットからこぼれるばかりの花です。風は冷たいものの春間近を実感します。

カザルスが弾くバッハの無伴奏チェロソナタのCDが届きました。今まで持ってなかったのが不思議なくらいです。学生の頃、当時はレコードが高価でなかなか買えなくてあきらめていました。それだけに懐かしさもあり、また、新鮮です。70年も前の演奏なのにどうして同時代性を感じるのか。それは瑞々しさゆえかも知れません。どの時代にあっても瑞々しい演奏は瑞々しい。演奏の瑞々しさは型通りではないということ、斬新であるということ、自分の感じ方を率直に表していること、楽曲に謙虚であることから生まれるように思います。

またある夜はフォーレの歌曲を聴き続ける。あびるように聴く。歌曲というと堅い印象ですが、フォーレ歌曲全集には「MÉLODIES」とあります。アメリングとスゼーの歌はもちろん素晴らしく、ボールドウィンのピアノも音に輝きがあってとてもいい。遠いなつかしい音を聴くようです。音楽に心も身体もあずけて新しい扉を開きたい。

アップルストアでMacBook Airを見て、あぁ、早まったかな・・・と思いました。心機一転、モバイルにThinkPad X201sをオーダーしたばかりです。MacBook Airは最後まで候補でしたが、重量とバッテリー駆動時間の厳しい詰めで落ちました。MacBook Airはそんなに軽いわけではない。壊れたら自分で直すのは難しい。キーボード部分の高さがある程度ないとデスク上で埋もれてしまう等々の杞憂からThinkPadにしました。でも、MacBook Airの実物を見るとやはり美しい。なぜこれではいけなかったのかという理由を繰り返しながら帰ってきました。アップルストアに行くときっとそんな迷いが甦ると思いながらも足が向いてしまうのでした。一方で、ThinkPadはこれはこれで535Eから12年ぶりの回帰ともいうべきいきさつがあります。ThinkPadは私にとってWindowsではなくてThinkPadなのです。OSは何でもいいといっていいくらいです。iPadもエントリーできないかと少し調べてみましたが、どう考えても一太郎は使えないので早々にはずれました。あと、手帖もリフィルをFILOFAXの1日1頁とマンスリーにしてB5のミシン目入りノートも併用することにしました。いつの間にかアナログツールはどんどんシンプルになっていきます。機動力を上げることが目的です。

教育の仕組みを語るとき、理念とともにコンテンツ(内容)について語ることがたいへん重要だと考えています。教育のコンテンツは実践の積み上げとともにその時々の社会を分析する知見とプロセスから吟味され続けなければなりません。昨夜の「情熱大陸」はスタイリストの菊池京子でした。シンプルでベーシックなのにとても斬新。新しいものを生みだすプロセスは平坦ではない。苦闘の中から生まれるといっていい。苦闘する相手は自分であり、人とはコミュニケーションを重ねることが大事。関係性の高まりが教育の空間を豊かにする。

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3月の日曜日のポコ・ア・ポコ

3月の日曜日のポコ・ア・ポコは11家族のみなさまに来ていただきました。春先の暖かさで、セッション中に服を1枚ぬがせてもらうお子さんもいました。今日も集中力が1点に集まる感じで、曲の終わりの“静”の度にうなずかれる保護者もみえました。この集中力が1点に集まる感じはもちろん子どもたちが集中しているからで、ミュージック・ケアの空間をよく感じていることの表れです。ここ1、2回で動作がとても上手にできるようになったお子さんはお母さんもちょっとびっくりなようす。終わってからほかのお母さんから「すごいね」と声をかけてもらっていました。動作はもちろんできる方がいい。でも、周りが見えてその空間の文脈をわかって自分の居方を見つけることの方が大事です。動作は自ずから付いてくると考えるとお子さんもお母さんも気持ちが楽になれると思います。来月は4月、新しいスタートの清々しい顔を見せてくれることを楽しみにしています。

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記憶の音と絵

昨日、FM放送でLiberaが歌うカッチーニの「アヴェ・マリア」を聴いてその美しさに圧倒されました。iTunes Storeで探して、やっぱり歌っていたのか、どうして見つけられなかったのだろうと思いました。ボーイソプラノはストレートに美しい。ボーイソプラノの声は印象的で記憶に残りやすくて、ミシェル・コルボ指揮のフォーレの「レクイエム」のアラン・クレマンや東京少年少女合唱隊が歌う「動物の謝肉祭」の声がとりわけ私の記憶音というべき演奏です。Liberaのアルバム「祈り あなたがいるから」はどこまでも、いつまでも続く道を走りながら聴き続けたい演奏です。

この1月に見た夢の光景がずっと気になっていて、やっとその記憶の絵がわかって今日は実家で本を探しました。夢の光景もさることながら、その本を開くと1枚1枚の絵を見た記憶が次々と甦ってくるのが不思議でした。『美術手帖 1984 11月号増刊 具象絵画の現在』(美術出版社 1984)です。夢の光景は遠藤彰子の絵でした。遠近法の均衡を失った空間にエネルギッシュな子どもたちの刹那の姿が永遠に描き止められている絵です。恐いけど見つめてしまう絵です。この前この本を見たのはいつだろうか。ちょっと思い出せない。もしかしたら四半世紀も前のこともかも知れない。それでも記憶から甦るほど印象深い絵です。智内兄助の絵も印象的でした。高校の先輩の今村幸生の絵も私の目を惹き付ける。小さな頃、十字架に磷り付けられたキリストやブリューゲルの農民の絵を、本棚のあった実家の部屋で北の窓から差し込む光で食い入るようにみていた記憶が甦る。芸術との出会いは大切だとしみじみ思う。芸術は非日常のものであることがほとんどですが、しかし、日常の時間の中で意図せずして甦り、一時の吟味の時間を与えてくれるものだ。そんなとき、人は人生の意味を考える。年をとるということは、だから大きな意味と価値があるのではないか。このことを自分の中でしっかり受け止めることが次世代を育てる素養となる。こんなことを考える年になった(^_^);;;

3月は別れのとき。来年度のスケジュールを手帖に書き込めるまで落ち着かないものです。人は関係性の中で成長しますが、ひとりの時間もとても大切です。

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情報ツール

「iPhoneを含めた文具」と「手帳を含めた情報ツール」の話です。翌年の手帳が出回る11月頃になると4月から使う手帳はどれにしようかと考えることが増えます。iPhoneがあってもハードコピーとしての手帳は必要です。これまで7年間フランクリン・コヴィーを使ってきましたが、出張が増えて、また、休日も手帳が手放せなくなってあの大きさがネックとなってきたので思い切って一般的なバイブルサイズにすることにしました。バインダーはジャストリフィルサイズとよばれるコンパクトサイズで、1日2ページのデイリーとノート用の24mmと、マンスリーとメモの携帯用の11mmを使い分けます。大事なメモはScanSnapでPDFにしてEvernoteでクラウド化することでiPhoneで読めるようにします。ちょっとしたメモやアイデアはiPhoneからEvernoteにアップしてストックしておきます。iPhoneの操作がためらわれる場面ではメモのRHODIA#11も使います。こう書くと煩雑な印象がありますが、ここしばらく試してみるとスピード感があって使い勝手がいいことがわかってきました。

こうした情報ツールの組み合わせは堀正岳&佐々木正悟著『iPhone情報整理術』(技術評論社 2009)がたいへん参考になりました。ハイテクの活用は最先端のイメージがありますが、メモ帳というローテクも組み合わせて、なぜそれらを必要としているかという苦肉の策に人間味を感じて共感します。この本では本1冊をPDF化する方法も紹介されています。これもなぜ本1冊をPDF化するのかというところに私も思い当たるものがあるのです。資料として必要なことがあるだけではなく、発想のための間接的でありながら本質を突くかも知れない情報は一定期間身近に置いておきたいことがあります。ところで、本1冊をPDF化する方法とは大型の裁断機で背を切り落としてScanSnapでスキャンするというものです。本の背を切り落とすという発想はそれとなく想像はしていたものの、貧乏性ゆえにまさかと思っていましたが、果たして背を切り落とすということがわかって納得しました。この本は裁断機の写真まで載せているところもおもしろい。

文具といえば、『筆談ホステス』の著者はRHODIA#11を使っているとのことで、カバーの写真を見るとたしかにRHODIAでした。万年筆の銘柄も話題になっているようです。RHODIAも万年筆も欧米の文化の中で生まれたもので相性はいい。仕事の場面で選ばれているのもわかるように思います。


万年筆をいちばんよく使ったのは、10年前、国立特殊教育総合研究所(現国立特別支援教育総合研究所)に短期研修員として赴任していた頃で、私は万年筆を常用としていました。大阪心斎橋の東急ハンズで2,000円で買ったアルミの軸で硬いペン先でした。インクはヨーロッパタイプとよばれるカートリッジ式で、モンブランのロイヤルブルーを使っていました。いちばん鮮やかなロイヤルブルーと聞いたからです。明るいブルーで気に入っていたのですが、水性インクなので長持ちしないとのことでした。せっかくのノートが消えてしまうのかと少なからず焦ったこともありましたが10年を経た今も読むことができます。ノートは3穴のリフィルのアメリカサイズを使っていました。この組み合わせがお気に入りで、宿舎から大きなノートを抱えて講義棟に通いました。その万年筆は帰ってくるときに見当たらなくなってしまって残念なことをしましたが、600ページを超える講義ノートと当時の資料は私の宝物となっています。

しばらくはそんな手作業で回っていたのですが、いつしか状況の変化に追いつかなくなったことを痛感することが増えてきました。これでもかというくらいの膨大な情報量と正確さが必要になってきました。ノートやハードコピーでは求められるスピードに追いつかないのです。情報が散らばっていて活用できない状態です。情報の統合ということでは、パソコンもインターネットやLANでつながっているだけでは本の立ち読みやFAX、単機能ワープロの域を出ないように思います。モバイルはこれからもどんどん進化していきますが、iPhoneとパソコンをクラウドでつなぐ発想は生まれるべくして生まれたように思います。人間でいえば感覚統合でしょうか。

それにしても、そこまでして仕事をしようという現代人のエネルギーもまたすごいものだ。自分でもあきれることがあります(-_-);;; ただ、こんなことは24時間365日続けているわけではありません。気持ちの切り替えも必要で、その時間を生みだすために情報ツールを使っていると思っています。あと、仕上げはポメラ、かな…

昨日の朝日新聞「be on Saturday」はアショカ創設者のビル・ドレイトン氏でした。社会起業家の考え方はこれからの社会形成に大きな力を発揮するものと思います。従前の制度ではカバーできない課題をアイデアで解決するプロセスを多くの人が学んでほしい。「共感力など人を動かす能力」や「改革のアイデアを実行に移す力」こそ必要だという氏の言葉は頼もしい。世界に散在するリソースをつなぐ個人の発想が大きな役割を果たす日は遠からずやってきます。

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教育の質的評価

慌ただしい毎日、それゆえなおさら非日常的なことを考えるのは人の自然な反応なのかも知れません。昨日は精神科医の方と話をすることがあって、今は哲学の時代と話をしました。多様性の価値が様々な分野で話題になる昨今、自分の立ち位置を自分の言葉で理解しておくことはこの時代を生き抜く術のひとつと考えます。量的評価だけでなく、質的評価で価値を説明するということです。一昨日は病弱教育を専攻した大学生の卒業論文を読むことがあって同じことを思いました。大学の教員養成課程でこの手法が教えられ、卒業論文に成果が結ばれていることが実に頼もしい。みんなみんな、たくさんの関係性の中で生きていることを大切にしたい。

今日、帰りにバケットを1本買いました。この頃、バケットをご飯代わりにすることがあります。圧力鍋で作ったシチューやポトフのときはご飯よりもパンの方が好みになってきました。ときにはエキストラバージンのオリーブオイルをつけていただきます。これがほんとにおいしい。米を食べないと日本の農業にプラスになりませんがパンの方が軽くていいこともあります。でも、どのパンでもいいというわけではありません。家庭用ベーカリーで添加物を抑えたパンを焼きたい。

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