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2009年11月

歴史の法廷

毎日新聞社のサイト「毎日JP」で「事業仕分け ノーベル賞の野依氏、科学技術予算削減を批判」と題し、文部科学省の政策会議が設置した「先端科学調査会」で野依良治理事長の批判を次のように伝えている。「科学技術は日本が国際競争を生きるすべであり、国際協調の柱だ。これを削減するのは不見識だ」「(事業仕分けは)誇りを持って未来の国際社会で日本が生きていくという観点を持っているのか。将来、歴史の法廷に立つ覚悟でやっているのかと問いたい」私はこの「歴史の法廷に立つ覚悟でやっているのか」というフレーズに戦慄を覚えた。今に続く歴史と続く未来への今、絶えず検証されなければならないが、今このときの判断や決断は今しかできない。フィンランドが経済危機のまっただ中で教育こそ経済危機を乗り越える鍵として教育に投資した政府の見識と決断にフィンランド国民は誇りを持っているであろう。日本では某国立大学の教育学部でWAISなどの心理検査の新版が先の補正予算でやっと購入することができたという厳しい台所事情を知ったばかりなので野依氏の発言に大きな危機感と共感を持ってしまうのだ。

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11月の日曜日のポコ・ア・ポコ

11月の日曜日のポコ・ア・ポコは7家族のみなさまに来ていただきました。小さなグループだと思いがけない一面を見せてくれるお子さんもいて微笑ましく思いました。新型インフルエンザが流行している今、ポコ・ア・ポコのひとときがとても貴重な時間と感じることがありました。冬になると季節性のインフルエンザも流行してくるでしょう。これまでのように集うことができるでしょうか。

ポコ・ア・ポコが終わってスタッフとカッチーニの「アヴェ・マリア」の話になりました。近々歌う機会があるとのこと。歌詞は「アヴェ・マリア」だけだから覚えるのが楽でいいねとの談笑です。私のカッチーニの「アヴェ・マリア」コレクションはさらに増えて12演奏になりました。歌は、KOKIA、山田英津子、本田美奈子、鈴木慶江、スミ・ジョー、キャサリン・ジェンキンス、松浦千賀、器楽は、久石譲&新日フィル(オーケストラ)、淑野裕香子(Vn)、古野光昭(Cb)、宮本笑里&宮本文昭(Vn & Ob)、須川展也(Asax)です。編曲も持ち味もそれぞれですが、楽曲がシンプルなだけに続けて聴くとアーティキュレーションの勉強になります。

今夜、NHK-ETVで「ピアニストの贈り物〜辻井伸行・コンクール20日間の記録」が放送されました。彼の練習やリハーサルの映像は初めてで興味深く観ました。彼が全盲であることはよく知られていますが、その映像からは彼の音楽の捉え方と演奏の構築における彼の感覚の統合の仕組みが伝わってくるように思いました。音情報を空間的に捉えているということです。音をよく聴こうとして仰ぎ見るような、そして、身体を360度回すような動作は誰でもします。ときには両手を広げる。彼はそうした身体の動作を巧みに取り入れて、単に聴覚情報だけでなく、音空間を全体として捉えているのではないでしょうか。空間というと視覚的広がりにもつながる捉え方です。彼のお母さんが美術館で絵について語って聴かせたというエピソードを思い出します。彼の演奏はそうした体験をベースとして視覚情報と聴覚情報とを彼の内なる空間で統合させることで生まれてくるのではないでしょうか。この番組で私がいちばんの聴きどころと思ったのはシューマンのピアノ五重奏曲でした。生々しいほどの演奏でした。

MacBook Pro G4 12inchのHDDからジリジリという音が出るようになってきました。使い始めて4年と2か月です。HDDの寿命がきていてもおかしくありません。できるだけ早く作業に取りかかりたいのですが、HDD換装の手順とデータ移行が難しい。G4の頃はユーザーが自分でHDDを換装することは想定されていなかったのでしょう。現行のMacBookはドライバー1本で数か所のネジを操作するだけです。データ移行もTime Machineでスムーズとのこと。換装の技術的な資料はほぼそろったので次はHDDの調達です。

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全病連徳島大会

昨日、第50回全国病弱虚弱教育研究連盟研究協議会徳島大会から帰ってきました。連日3日間、13〜14時間スーツでいたのでネクタイを外しても首筋の緊張感が取れない感じですが、脳の洗濯に行ってきたかの感があります。病弱教育のブレインはますます明晰で、発する言葉は刺激的でした。消化するのにしばらくかかります。今回は第50回ということで記念講演があり、病弱教育の歴史についてくわしい資料を入手することができました。収穫の多い出張でした。

家に帰ったらクリスチャン・フェラスとカラヤン指揮ベルリン・フィルのチャイコフスキーとシベリウスのヴァイオリン協奏曲のCDが届いていました。このヴァイオリンの伸びやかな明るい音は生理的にストレートに聴くことができます。どこまでも突き抜けていく感じです。ベルリン・フィルの音もいつになくラテン系にシフトしていて華やかに思います。

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特別支援教育と哲学

明日から3日間、徳島に出張です。病弱教育の全国規模の研究会です。三重県ではやはり明日から3日間、全国肢体不自由教育研究協議会三重大会が開催されます。その三重大会の主管校は前任校で、また、肢体不自由教育は私が7年間担任した教育部門なので後ろ髪を引かれる思いもあります。今日は「障害」について本質的な話をする機会もあって尚更その頃のころを思い出したのです。特別支援教育は、今、哲学を必要としています。障がいとは何か、そして、障がいがある人たちの社会的視点からの検証やその歴史も特別支援教育にかかわる人たちは学ぶべきだ。そして、新学習指導要領でICFについて記述されたことの意味の大きさをどれほどの人たちがわかっているのだろうか。

夜更けに聴くジョン・ルイスのバッハにただただ聴き入る。ジョン・ルイスのバッハは“スイング”しているのにどうしてバッハの本質なるものを聴いているように思えるのだろうか。

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ナラティブ

この土曜日はNHKの「週刊ブックレビュー」の放送はありませんでしたが古書店に行って小一時間本と過ごしました。マリア・ハウデンス著、宮内もと子訳『赤いくつのハンナ』(アーティストハウス 2003)など4冊を買いました。家に帰ると佐藤伸彦著『家庭のような病院を 人生の最終章をあったかい空間で』(文藝春秋 2008)が届いていました。こちらはNBM(ナラティブ・ベイスド・メディシン)の取り組みのあゆみで、ナラティブ、ナラティブホーム、ナラティブアルバムなど私の関心事の根幹をなすキーワードの大いに共感する1冊です。

南の風のサイトを始めていつしか11年になります。ブログにつながるページは2001年からですから9年になろうとしています。量は多くはありませんが気になる言葉で検索すると自分のサイトをヒットするようになってきました。検索結果にすっと入ってくる文字列を見つけてよくよく見ると自分のサイトだったということです。ところが、今日は、これ、いつ書いたのだろうと読み始めて、いや、ちがう、これはちがうけどものの感じ方や書き方がよく似ているという検索結果がありました。誰だろうと思ったらヨーロッパで活躍するあるアーティストでした。テレビで紹介されていて共感するところが少なくないと思ったことがあったのでこれには驚きました。

今夜の「情熱大陸」はヴァイオリニストの宮本笑里でした。ファーストアルバムからさらに成長した音。若い演奏家が伸びていくのは楽しみです。ここでもナラティブの考え方が後押しをする。

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青い地球

ここしばらくその日にあったことが思い出せないくらいいろんなことがあって目まぐるしい日が続きます。明日が休日ということがちょっと信じられないくらいです。徳島への出張が来週に迫っていて慌てて今までチケットの手配をしていました。Macだと動かないシステムがあって一苦労です。

今朝、三重県の南の熊野灘で大型フェリーが転覆する事故がありました。日本の南の海の事故を伝えるテレビに映る海はきれいだと思います。あの青さ、海の色はなんと喩えようとよく考えてしまいます。芯のある透明感とでもいうのだろうか、あえて喩えるならガラスにもそんな色があるかも知れない。不思議な透明感は色の名前をはぐらかせてしまう。事実、名前のない色かも知れない。私はその色を見たくて海難事故を伝えるニュースを録画したことがありますが、死亡事故だったので見ているうちに苦しくなって消しました。そうしたニュースの映像はヘリコプターから撮影したものです。きっと空から見ないとあの色は見えないのでしょう。宇宙から見た地球の映像の色に近いように思います。宇宙から見る地球はほんとに美しく見えるらしい。青い星、その青い色はきっと海のあの色なのでしょう。そういえば松田聖子の歌「瑠璃色の地球」の瑠璃もガラスです。宇宙飛行士しか見たことのない宇宙の地球をイメージしてしまうところは、でも、人間の不思議な能力なのでしょう。青い地球をイメージする音楽、私には阪田寛夫作詞、冨田勲作曲の「青い地球は誰のもの」です。この歌の歌詞は「青い地球は誰のもの」の繰り返しです。宇宙から帰還したガガーリンは「地球は青かった」と言ったとのことですが、それしか言葉にできなかったくらい、きっと美しかったのだ。

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なにくそ!

今日は所用であちこち回っていちばん疲れたのは“頭”でした。“前頭葉”かも知れない。気分転換に「なにくそ!」と夏から試行錯誤を重ねてある程度スタンダードとなってきたカレーを作り始めたら…痛い! 今朝、右手の薬指の先をピーラーで削ぐように傷つけてしまったところからまた出血しました。深紅の血を見るのは久しぶりでやっとのことで止血したのです。今日は血を見るのが恐くて絆創膏を換えるのも思い切ってするほどでした。

鳩山首相は「新しい公共」という言葉で伝えたいメッセージがあるとのこと。三重県では4年前に「新しい時代の公」の推進方針を出しています。私はこの理念に共感するところが多々あります。志がある人たちが行動し、共感する人たちがつながり、絶えず変化する社会に対応しながらも理想を見失わず行動し続けるエネルギーこそがこれからの社会を創っていくのではないかと考えます。ここではこんな概念的なことしか書けないのが残念ですが、これも「なにくそ!」という思いがあります。今しばらくは勉強です。志がある人たちと言葉を交わしたい。火つけ役ではなく自分に火をつけたい。こんな日の夜は音楽を浴びるように聴きたい。

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日本理化学工業の優しさと強さ

今夜、三重TV(テレビ東京系列)で放送された「経済ドキュメンタリードラマ ルビコンの決断」は「あなたはなぜ働くのですか? 〜日本一優しい会社が問いかけた50年〜」と題する日本理化学工業の取り組みでした。チョーク製造でトップのシェアを取るこの会社は従業員の70%が知的障がいがあります。日本理化学工業は鳩山首相の所信表明演説でも取り上げられました。大山泰弘会長の講演はこの7月に聴いたばかりで映像を観てさらに共感と理解を深めることができました。そして、この番組の最後に大山会長が紹介したある施設の方の話は「経済ドキュメンタリー」の名にふさわしいインパクトのあるものでした。「僕は施設の方からこういわれてえっとびっくりしたんですけど、仮に20歳から60歳まで40年間、まるまる施設でめんどうをみたら1人2億かかるそうだ。うちは今まで5人ほど65歳で卒業しましたけど、ということは、5かける2、ちっぽけな会社ですけど10億、社会保障費を節約できた。もっとこういうことを、さらに国も企業を応援する仕組みができたら前進できるかと思う。」説得力のある話だ。そして、7月の講演を聴いたときも考えたことですが、従業員を大切にする会社は真の強さがあると思いました。国も同じではないか。人を大切にしない組織は内から崩壊する。

この土日はミュージック・ケア初級総合研修三重会場の1日目と2日目でした。ミュージック・ケアの研修の場にいると音楽の聴き方が変わります。より深く、厳し聴き、そして、より大きく揺さぶられる。身体の動きが伴うからだ。そして、身体が目覚める。語るべき自分がわかってくる。私はそこまでの技術があるだろうかと、今日、1月と2月のポコ・ア・ポコの会場の予約を済ませてから思いました。いつになっても勉強勉強だ。

昨日、ミュージック・ケア初級総合研修三重会場に向かうとき、アテンザのFMラジオから聞こえてきたシベリウスのヴァイオリン協奏曲のヴァイオリンの音にたまらないなつかしさを覚えました。今ではちょっと聴けないような生粋のラテン系の音です。グリュミオーかと思いましたが調べるとフランスのクリスティアン・フェラスで、カラヤンと録音したものとのこと。古い録音ですが学生の頃に聴いた演奏のように思えて私には生々しいほどでした。

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映画「私の中のあなた」

映画「私の中のあなた」(原題 MY SISTER'S KEEPER)を観ました。始まって間もなくして、これはたいへんな映画を観ることにしたものだと、最後まで観ることができるだろうかと思いました。白血病の子どもの家族の話で、様々なことが想起されて涙が止まらず、観終わった時には疲れ切っていました。この映画は裁判のシーンもあって台詞がたいへん重要となっています。作者と脚本家は誰に何を喋らそうとするのか、どの台詞も聞き逃せないというか、字幕なので見逃せない。原作とは終わり方が異なるとのことですが、映画はうなずけるエンディングと思いました。「確かなことは素晴らしい姉がいたこと 姉と心がつながっていること」こんな言葉だけで心の整理がつくものではありませんが、他にどんな台詞があるのか、今日観てすぐは思いつかない。原作もすぐには読めそうにありません。

この映画の俳優は誰もが素晴らしい演技をしていて、また、文化のちがいを感じました。11歳のアナが弁護士に依頼するシーンと裁判で証言するシーンはとりわけ際立つ個人の自立の在り様が描かれていたように思います。気持ちのいいものでした。音楽は音の美しさが際立っていました。

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