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2009年6月

火曜日の夕焼け

新聞の番組表を見るとNHK-BS2で「オペラ座の怪人」の放送が始まっていました。急いでチャンネルを合わすと、ちょうどクリスティーヌ・ダーエの鮮烈なデビューの前でした。小1時間観ていました。クリスティーヌが歌うアリアのなんときれいなことか。メグとのデュオ、怪人とのデュオも聴き入ってしまいました。ただただすごい。

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この火曜日、帰宅途中に空が茜色に染まってそれはそれはきれいでした。信号待ちで止まったことをいいことにカメラを持って道の真ん中に出てシャッターを切りました。2枚だけ、お任せのプログラムモードでしたがイメージが記録できたことがうれしい。(Canon PowerShot G10 Pモード)

その火曜日の朝日新聞朝刊は村上春樹著『1Q84』の特集でした。読む時間がない間は買ってはいけない本です。その紙面の反対側は「患者を生きる」の特集で、こちらも私の関心事です。「病気と向き合う患者と家族の物語」です。こちらも切り抜きしておきたいので同じ朝刊をコンビニで買い求めました。本人、当事者の言葉に真摯に接したい。

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今週の新聞から

「明日、午前8時にうかがいます」えっ、朝8時!? それで今朝は6時から家の掃除となりました。リビングにつながる小さめの部屋にエアコンを付けることにしたのです。工事は1時間余で終わりました。その手際のいいこと、プロと感心することしきりでした。配管も樋に沿わせて化粧カバーを使わないように配慮されていて納得の工事でした。今日はエアコンの取り付け工事がたくさんあるとのことで、片づけも去るのもあっという間でした。

木曜日のNHK-TV「クローズアップ現代」は「10歳の壁を克服せよ 〜考える力をどう育てるか〜」をテーマに教育課題を真正面から取り上げていました。これも真の「教育再生」を示唆するものでした。ゲストは佐藤学氏で、今、このときにこの人しかいないという人選です。番組は子どもの成長を文字通り総合的にとらえることが大切という視座で制作されていました。「考える力」を育てるには豊かなイメージを描くステップが必要で、豊かな言語体験、家庭での会話や読書という基本の“キ”の大切さをあらためてしっかり教えてもらうことになりました。

ブログのコメントに佐々木正美氏のことを書いていただいて久しぶりに氏の『子どもへのまなざし』『続 子どもへのまなざし』(福音館書店 1998、2001)を開きました。そこにヴィゴツキーの名前を見つけてはっとしました。自分の中でいくつかの概念がつながっていくのがわかりました。ヴィゴツキーはもっと早く勉強したかった。いくつかまとめなければならないものがあってかなり焦っています。

時間がないところにまた私の関心を誘う新聞記事が目に入ってきました。バン・クライバーン国際ピアノコンクールで優勝した辻井伸行さんについて2本。6月11日の朝日新聞朝刊「音楽だけでなく、すべての感性を豊かに育てることが、音楽家としての人生を豊かなにする。そんな思いから、いつ子さん(母)は辻井さんを、美術館にも積極的連れていった。作品ごとに立ち止まり、目の前の芸術の色、形、様子を辻井さんに語ってきかせる。『花火に行っても、心の中で色とりどりの花火が開く。母のおかげで、何でも心の目で見られるようになった。不自由はありません』」 6月18日の朝日新聞夕刊「辻井さんが筆者に最も生き生きと話したのは、母のいつ子さんとウィーンを訪れ、クリムトの『接吻』に接したときのこと。『一番の思い出』と繰り返し、魅力を語り続けた。街中の雑踏から切り離された、静謐な美術館の空気。そして、愛する母の、優しく穏やかな語り口。そういった空気すべてで、辻井さんの心はクリムトを確かに感じたのだろう。」 障がいの有る無しに係わらず質の高い経験は必要だ。

同じく6月18日の朝日新聞夕刊の「ニッポン人脈記 この一枚の物語」は写真家の藤原新也氏を取り上げていました。彼の写真はこの記事を書いた記者と同じように学生の頃の私に強烈な印象を残しました。『メメント・モリ』などに掲載のインドの写真です。一目でズイコーレンズとわかるオリンパス・ブルーの深みのある色彩で捉えられたインドの日常は日本からかけ離れた文化を伝えていました。流れ着いた人の死体を食べる犬の写真など、目が釘付けになりました。この記事の見出しは、しかし、「生きる力をかき立てる」です。「二十数年ぶりに故郷に戻ったのをきっかけに、公募した少女らを撮り始めた。ある母親から、お礼の電話があった。不登校だった娘があれ以降、学校へ行くようになり、進学するといっています。そんな例がいくつもあった。『こちらが無心で対し、シャッターが押された瞬間、自身の存在が承認されたということなんだろうね。』(中略)写真は追憶にもなり、生きる力にもなる。みなさんにとって『この一枚』は何ですか。」そんなエピソードがあったのかと大きなため息をついてしまいました。ふれることで自分のイメージがはっきりする芸術や出来事があります。

眼鏡店でフレームを試着して鏡を覗いて、そこに映る自分の顔に嫌気がさして早々に店を出たことが何度かあります。眼鏡店の鏡はどうしてあんなにもリアリティがあるのだろう。しわや肌の荒れ、毛穴までもが容赦なく映って年相応の自分を見せつけられる。こうなると眼鏡を買う気持ちが萎えてしまうというものだ。だけど眼鏡はいつか買い換えなければならない。たかが眼鏡、されど眼鏡店の鏡、現実に立ち向かう決心をして眼鏡を作ってきました。常用のセルフレームにガタがきたのでやはりセルフレームを1本、そして、スポーツ用にレンズもフレームも小さなメタルフレームを1本です。どちらもちょっと旧いデザインで少々ぎこちないところが自分らしさかと思ってのチョイスです。

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6月の日曜日のポコ・ア・ポコ

6月の日曜日のポコ・ア・ポコは11家族のみなさまに来ていただきました。いつも以上に集中力が上がってそれは見事なほどの動と静のコンピネーションがありました。保護者のみなさまのご理解があってこそ子どもたちの参加の質も上がります。感謝しています。終わってもその場を離れ難いようすもあってステップアップのプログラムの必要性を感じました。また勉強です。

先週の日曜日に朝日新聞の書評で知った社会構成主義は調べれば調べるほど今の私にとって重要な考え方であることがわかってきます。とくにヴィゴツキーの発達に関する考え方はどうしても学びたくなって本を注文したところです。ピアジェは知る人も多いはずですがヴィゴツキーはどうでしょうか。社会構成主義の教育哲学を学ぶ上で欠かせないことから大学でもっと取り上げてほしい心理学者です。

書店で目にとまった1冊。古荘純一著『日本の子どもの自尊感情はなぜ低いのか 児童精神科医の現場報告』(光文社新書 2009) 自尊感情尺度の活用という仕事上の視点はさておき、その今日的内容は小見出しでうかがい知ることができます。「子どもは元気いっぱいではない」「居場所がない、眠りが足りない」「自尊感情を下げる教育システムと、上げるシステム」「親も高くない自尊感情」「子どもの自尊感情・発達という視点を持つ」等々。そう、よくある見出しかも知れませんが、この本はどこまでも臨床的であることから説得力があります。

このところよく考えること…教育の言葉で子どもの成長を語ることができるようにしていきたいことです。それが真の意味での「教育再生」であるはずです。

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アンネのバラ開花

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水曜日から3日間、東京に出張でした。今日はひたすら休養に努めて明日のセッションに備えました。明日は午前午後と2つのミュージック・ケアで、午後は日曜日のポコ・ア・ポコで楽しみです。

出張から帰ると自宅のアンネのバラのつぼみが一斉に開き始めていました。淡いオレンジはほんとにきれいです。香りもほんのりとしていい。やっとここまで育ったのかと感慨もひとしおです。花が終わった枝は剪定して挿し木にして増やしたいと思っています。

写真はCanon PowerShot G10、Large、SuperFine、ASA100、マクロモード、-1/3補正、1/40、F2.8、レタッチなしです。不思議なことに、このMacBook ProのMacOSとWindowsとでは同じモニタなのになぜか大きく色がちがいます。Windowsだと色が浅く見えるので補正するとMacOSではコントラストが強いだけでなく色飽和も出て破綻状態です。カラースペースがちがうのだろうか? MacOSで見る花の色は生の花の色そのものです。G10はライブビューの画像を確認しながら補正しました。その通り撮れるところが驚きです。これでワイド側の歪曲が目立たなければいうことなし!のカメラなのですが…

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本を3冊

今日の朝日新聞の書評から3冊。

村上春樹著『1Q84』(新潮社)の書評は翻訳家の鴻巣友季子。内容とともに小説の技法にも言及する書評で読みたくなってしまいました。その中からとりわけ私が注目した一節。「他方、これは「家をなくした子ら」の物語でもあり、書く(書き換える)ことと記憶と再生を巡るモチーフを布(し)き、オーウェルの『1984』的な思想統制の恐怖と根源悪を追究した反ディストピア小説でもある。現実と虚構の境をなくし、因果関係が反転する。作者の扱ってきたテーマがぎっしりの力作だ。」 現実に家をなくした子だけでなく、家というアイデンティティーを感じられない子どもたちの彷徨う魂の姿が読み取れそうに思えます。

次は福田誠治著『フィンランドは教師の育て方がすごい』(亜紀書房)の書評から。「教える教育から学びの支援へ、教師の自律性、平等から公平への転換など、幾多の特徴が指摘される。とりわけ「社会も教室も異質な者の集まり」という欧州的文脈の中で生み出された教育哲学の存在が、フィンランド教育の卓越性を読み解く鍵として浮かび上がる。知識は固定的に教え込まれるべきものではなく、他者との協同の中で構成されていくと考える教育哲学(社会構成主義)こそが、フィンランド教育を支える中核だと著者は見る。」 先日、精神科医と話をしていて「いろんな人がいて相対的な自分の居場所」を見つけることの大切さが話題になりました。私はたいへん共感してしまいました。自己を見つめるほどに他者もその存在をしっかり見つめるだけのエネルギーの振り分けをしないと行き詰まってしまいかねないのではないか。

そのとなりは一志治夫著『庄内パラティーゾ アル・ケッチャーノと美味なる男たち』(文藝春秋)で、地方が地方たり得る豊かなあゆみのモデルが描かれている、と思わせる書評です。私には何よりもまずアル・ケッチャーノのイタリアンが興味津々です。食べに行きたいけど山形県は遠い。

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ブラウンという色

スーツでスーパーのレジに並んでも「袋はお持ちですか?」と聞かれることがほんとに少なくなりました。やればできるじゃないかと思う買い物バッグ持参です。私が使っているのは紀ノ国屋のエコバッグで、もう、6年くらいになります。ただ知らないだけかも知れませんがこれ以上の買い物バッグはちょっとないように思います。初めて見たときはピアノの楽譜を入れる「おけいこかばん」のようで食料品を入れるにはどうかと思いました。レジ袋と比べてマチが小さいので容量や使い勝手が頼りなく見えました。ところが、そのマチはバッグが広がり過ぎるのを防いでくれるし買い物かごひとつ分の食材などがちょうど納まるのです。お気に入りはいちばん安価なタイプで、ほどよくしっかりしながらも同シリーズのカラーバッグと比べて薄めの生地なので折りたたみのしやすさとかばんへの納まり具合がとてもいい。カラーバッグはブラウンがおしゃれだと思いますけどね… 東京の人混みと電車通勤から生まれたバッグといえるでしょう。自家用車通勤ではちょっと生まれない発想だと思います。

そのブラウンつながりで万年筆のブラウンのインクをネットで探していたらタドキストのことを知りました。「多読+ist」でタドキストとのこと。文字通り、多読をする人です。ただ、読む本は洋書とのこと。少しわからない単語があってもどんどん読み進むとか。時々、日本語の本を読んでいても読み進めなくなるときがあります。まるで知らない言語を読もうとしているような感覚です。英語力は極めて低い私ですが、時には英語の言い回しの方がしっくりくることがあります。それは単語の配列のちがいに起因することらしいことがわかってきました。単語の配列は、二次元では単に位置のちがいですが、音声となると四次元の位置のちがいとなって、これは思考プロセスのちがいです。英語学習のシャドウイングや英語のシャワーを浴びるというイメージは英語の思考プロセスができるようになるためのトレーニングなのでしょう。

ブラウン…もう20年くらい前のこと、プリントゴッコで作る年賀状で毎年ブラウンのインクを使う人がいました。私も真似をしてブラウンを使ってみました。黒は印象が強いしフォーマル感があります。ブラウンはやわらかな印象です。年のせいか身の回りの小物がブラウン系にシフトしています。ペンもアイデアを書き留めるときはブラウンです。色は不思議です。

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刑務所のリクエスト番組

刑務所内のリクエスト番組があることをNHKのニュース番組で知りました。受刑者が音楽にまつわるエピソードを添えてリクエストした曲を所内で放送することで自分を見つめなおし、互いの更生の励みとすることがねらいです。涙を流して音楽を聴く人たちの姿が印象的でした。これも音楽療法といってしまえばそうなのですが、音楽がもつ力を端的に表すエピソードと思いました。音楽の機能が受刑者の更生のプロセスで作用しているということ、自己理解と倫理観の獲得を音楽がサポートしているのです。では、その音楽の機能とはどういうことなのか。それは時空間の構造化、身体の構造化という概念だと思います。こんなはずではなかったということのあらたな気づきや自分の存在の重さと不安定さを実感することであるべき自分を考えるステップにすることです。でも、これは受刑者たちに限ったことではありません。音楽の力と機能にもっと謙虚になりたいと、自戒の念をこめてのこと。

石川ひとみの「まちぶせ」(1981)という歌は知っているようで何かきっかけがなかったら思い出せなかった1曲です。この頃の曲はプロデュースが興味深いことが少なくありません。「まちぶせ」も強いアフォーダンスを感じさせます。思春期の荒削りな想いに始まってその真っ直ぐさゆえの頑なさが伝える心の揺れがメッセージとなっています。荒井由美のオリジナル以上のメッセージ性が石川ひとみの持ち味です。音楽的にはコーラスとストリングスが効果的です。コーラスは安定感、ストリングスは浮遊感を演出していて、ときには双方が乗り入れて切なさを増幅しています。とりわけストリングスのラインがスリリングです。思春期の輝きと危うい心の揺れという一見相反する要素をひとつのメロディーラインで表現する編曲者の渾身の1曲なのでしょう。編曲は松任谷正隆です。そうか、やっぱり、そうだったのかと思う。この歌もどこかの刑務所で流れているのではと、ふと、そう思いました。

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