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2009年4月

新型インフルエンザの報道に思う

新型インフルエンザによるメキシコ以外での初めての死者がアメリカで確認されたとのニュースがありました。今回の新型インフルエンザは新聞やテレビ等の報道やインターネットの様々な情報がある中で事態が進んでいます。ニュース報道のひとつひとつについて自分なりに吟味して受け止めるのが今日的です。事実はどうなのかということをいつも考えてしまいます。もしかしたらまだ誰も知らない事態が進行しているのかも知れない。今ある情報でどう判断するべきか。その時々で判断するわけですが、判断するのは自分自身であり、判断は反応と同義だと思うことがあります。自分の反応性を高めなければなりません。また、インターネットのニュース源は従来の新聞社や通信社に頼っていることをあらためて認識させられました。報道は記者が現地に入って自分で見て聴いて記事を書くことが基本であることは今後も変わらないと思います。

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ライオンズクエスト

昨日今日と「ライオンズクエスト 思春期のライフスキル教育 プログラム」に参加しました。昨日はプログラムの全体像をつかみ、今日は模擬授業でした。このプログラムは「安全と安心」の場を作り出すことが前提となっています。2日間、昼食時も含めて1日8時間の研修でしたが不思議なことに疲れを感じません。とても居心地がよくて、誰もが自分の居場所を見つけることができる学校が感じられる研修でした。「学び合い」ともミュージック・ケアとも通じる空間です。また、この研修はスキルの習得が目的ですが、スキルを習得する意味を実感する内容でした。学校教育は教育力を組織として担保しなければなりません。スタンダードがなければアレンジもない。スタンダードとなるプログラムが必要で、スタンダードがあってこそ先生ひとりひとり持ち味も活かされるというものです。

先日のフィギアスケートで「SAYURI」を使っている選手がいて「SAYURI」の音楽を聴き直しました。映画「SAYURI」は邦題で、原題は「Memory of GEISYA」です。この映画はハリウッドの資本で英語で制作されました。舞台は日本です。日本人の私からすると不可解なシチュエーションが多々あります。ただ、音楽はジョン・ウィリアムズで「完成度」は高い。イツァーク・パールマンのバイオリンも素晴らしい。でも、映画を観てしまうとこの音楽をフィギアスケートに使う発想は私には理解できません。音楽として聴きたい曲です。

先週、バラの新芽とつぼみにアブラムシが付きました。薬剤を使いたくなかったのでネットで調べて、水にサラダオイルと石鹸を加えた液剤をスプレーで散布してみました。効き目はありました。ところが、油の成分が多かったのか葉がしおれかけました。これはたいへんと朝夕に水をかけてやっと戻りましたが、アンネのバラのつぼみの色が芳しくありません。バラはやはり薬剤を使うことになるのでしょうか。さて、庭では3種類のホスタが勢いよく新芽を伸ばしています。ハナミズキの新芽もきれいです。湿気に弱いというオレガノネオンライトも雨に耐えて変わりありません。3本の野菜は順調に伸びています。雑草も元気で共存をあれこれ考えています。

鳥ではなく豚から新型インフルエンザの見えざる脅威が報道され始めました。鳥でも豚でも新型インフルエンザの脅威は同じです。冷静かつ適切な判断が求められます。明日から対応となります。

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Citron と EXCELSIOR

「Citron」は松田聖子、「EXCELSIOR」はMALTAのアルバムです。どちらも他のアルバムでは聴けない音楽だと思っています。そして共通点があります。音のメリハリがたいへん明確で二人とも他のアルバムと比較してテンションが高いように思えてなりません。このところ「Citron」の音楽が身近に感じることが多くなって、今日は朝から夕方近くまでアテンザでずっと聴いていました。週末に書いたピアノトリオも同じ理由で身近に感じています。どれも敢えて一言で言うなら欧米の音、ということでしょうか。先ほどわかったのですが「Citron」も「EXCELSIOR」もアメリカでのプロデュースとのことです。二人の他のアルバムとのちがいは文化のちがいから来ているのでしょうか。検証したくなりますがそんな時間はありません。ただただ好きな音、音楽を聴いてほんの少し考える。そしてリフレッシュ&リセットです。私が考える高い音楽性の演奏のファクターのひとつは時間と空間を構造化する力が大きいということです。音楽で何かを成し得るとすれば音楽の質を第一とするべく努力を惜しまないことです。

今日は初任の頃勤務した小学校の校区に行く用がありました。その学校は22年度に他校に統合されます。今年度が最後の入学式で新入生は1人、全校児童は13人とのことです。校区をゆっくり走ると当時の子どもたちの顔が次々と浮かびました。私自身たくさんの学びがあった学校です。夜は講堂のピアノで合唱曲の伴奏を練習して音楽科担当への一歩を踏み出しました。あのピアノはまだあるのだろうかと、25年も前のことなのにタッチまで思い出しています。山里では田植えが始まっていて初夏の匂いもしました。統合前に一度訪問したいと思っています。

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ニャロメの塔

中日新聞系のフリーペーパー「伊勢志摩ホームニュース」(2009.4.18)で「伊勢を舞台に映画化 橋本紡さんのミリオンセラー小説」という記事がトップにありました。「同市尾上町の虎尾山は、小説上重要な舞台として登場する砲台山のモデルのため、中高生ファンが訪れるスポットとなっています。」とあって、私はニャロメの落書きを思い出しました。虎尾山の山頂には四角錐の記念碑のかなり高い台座が残っていて、その台座の上の方に大きくニャロメの顔が描かれていました。私が中学生の頃のことで、当時、その記念碑の台座は伊勢の街からよく見えました。ニャロメは私が高校の頃にはすでに消されていましたが私たちの間で話題になることがありました。その後、砲台山のモデルとして橋本紡の小説の舞台になったことでニャロメの落書きがネット上で話題になっているようです。ニャロメの塔とよばれているとか。ところが今日のこの記事、困ったことに肝心の小説のタイトルが書いてないのです。調べると『半分の月がのぼる空』とか。「ライトノベル」というジャンルとされていますがこの作品は「病気をめぐる文学作品」に加えてもいいように思います。

アテンザのタイヤを交換しました。スリップサインが路面に接地するようになってこれから雨の多い季節を迎えるに当たって気になっていました。今回は大きなブロックパターンのスポーツタイヤ然としたモデルをチョイスしました。前回、ロードノイズがかなり大きいと聞いて見送ったタイヤです。ところがノイズはほとんど変わらないし乗り心地もソフトで少なからず物足りない印象です。このメーカーの特徴かも知れません。純正はなかなかやっかいなタイヤでしたがそれはそれで乗りこなすのが楽しくもありました。次にディーラーでオイル交換して現行のアテンザのカタログをもらってきました。このサイズでマニュアルミッションは限られています。15万キロ半ば走っても駆動系になんの不具合もなく、燃費も11〜12kmと申し分のないコンディションなので当分乗り続けますが情報だけは入れておきたいので…

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可憐な可憐なピアノトリオ


「可憐な可憐なピアノトリオ」というリストがAmazonにあって、リストのトップにニューヨーク・トリオの「過ぎし夏の思い出」があります。廃盤らしく、マーケットプレイスで入手しました。録音は2002年、ニューヨークです。素の音がそのまま聴こえる録音で、小さな頃弾いていたピアノの音を思い出すような臨場感があります。ベースもドラムもなつかしい音です。ジャズのピアノトリオを聴くとそこに音楽の原型を肌で感じるように思うことがあります。

仕事の帰りに寄った書店で『現代のエスプリ2009.5 ピア・サポート 子どもとつくる活力ある学校』(ぎょうせい 2009)を買い求めました。ピア・サポートとは何か。この本の冒頭にこうあります。「ピア・サポートとは、単純に人が人を支援するということ」(トレーバー・コール 2005)そうか、そうだろうなと思いました。小難しい理屈は支援を難しくします。「あ、それはこうだよ」「それはむずかしいよね」そんな自然発生的な人間の心理のプリミティヴな寄り添いや手助けは人と人との間を温かくします。理屈抜きです。こうした営みがあってこそ社会制度も生きる。「学びあい」も凡化させるとピア・サポートという言葉が表す営みになるのではないか。ピア・サポートを少し掘り下げて学びましょう。

バラはほんとにやきもきさせる花です。毎朝毎夕、葉っぱの1枚1枚を見て回ってしまいます。先週の土曜日に植えたバラが新しい環境になじんでつぼみが見えかけました。成長のなんと早いことか!

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アマチュアリズムの極致

「ジャガーノート」という映画の結末を知ったのはいつの頃だったろうか。ネットで調べると1974年の作品なので私が高校2年生のときの作品です。この映画は観たことがありませんが雑誌評が印象的でした。客船に仕掛けられた爆弾を処理できなくて爆発してしまうという、日本では作り得ない映画だとありました。ハッピーエンドがお約束の映画界で最悪の結末で終わる映画は少ない。そんな映画を観たことがなかった私はその雑誌評が忘れられなくなりました。今夜はこの体験を思い出すテレビ番組が放送されました。NHK-TV「プロフェッショナル」です。手術の合併症で患者が亡くなるという映像がありました。生前の姿と手術中のやりとり(部分麻酔なので会話はできる)、合併症への処置、夜空の下の病院に流れる死を伝えるナレーション…これを放送するのかと思い、映画「ジャガーノート」を思い出しました。結果はこれ。これは事実。だが、すべてを医師に託す気持ちになれた患者の文脈もまた紛れもない真実です。私はその真実の尊さの大きさにただただ謙虚になってしまう。誠意を尽くす姿がある。「プロフェッショナルとは何ですか」というこの番組お決まりのQへのAは「…アマチュアリズムの極致でしょうね」という外科医の言葉にハンマーに殴られたかのように感動してしまいました。真実を支えるのは誠意です。「プロフェッショナル」は「アマチュアリズムの極致」という外科医の言葉もまた真実だと思います。

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4月の日曜日のポコ・ア・ポコ

4月の日曜日のポコ・ア・ポコは11家族のみなさんに来ていただきました。会場駐車場の桜は葉桜になっていて気温も高めで半袖のお子さんもいました。私は半袖のポロシャツ1枚でした。たくさん動いても少し汗ばむくらいでいちばんいい季節です。新学期初めてのポコ・ア・ポコで、入園と入学のお子さんにおめでとうの拍手でお祝いをしました。さて、来始めて間もないお子さんと親御さんはどのくらい入っていいかちょっと躊躇なさることがあります。楽しむときは思いっきりテンションを上げても構いません。ミュージック・ケアはクールダウンも織り込んでプログラムを構成しています。まるで自分で気持ちのコントロールができたかのような成就感が生まれます。それこそ音楽療法がゴールとするところです。ポコ・ア・ポコでは思いっきり楽しんでいただければと思っています。

園芸店でタスマニアビオラを見つけて名前を見たらパンダスミレとありました。以前、その店でタスマニアビオラのことをたずねたら扱っていないとのことでしたが名前がちがっていたのです。ビオラはスミレ科なのでスミレという名前は仕方がないとしてもパンダとはいかがなものでしょう。和名はツタスミレとか。名は体を表すということでは和名がいちばんですが原産地に思いを馳せてしまうネーミング、タスマニアビオラがいちばんと私は思ってしまいます。夏の強い日光にやや弱いとのことですが砂漠化してしまいそうな庭のグランドカバーにと期待しています。

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桜、桜、桜

新学期が始まりました。ベッドサイドを含めて始業式を4回、入学式を2回行いました。外は桜の花が満開で、開花は早かったものの新学期の始まりを待っていてくれていたかのようでした。昨年度もそうでした。桜の花は新学期になくてはならない花です。桜の花の花言葉は「微笑み」です。花が咲く期間は短いものの、それだけに心の中の桜の花はメッセージがいつでも鮮明なように思います。学校の儀式的行事は1年の大切な節目です。

今日は午後からガーデニング三昧でした。庭の一画に蔓延ったススキの根を掘り起こしたり、オレガノネオンライトや今週届いたバラの苗を植えたり、ワイルドフラワーの種を蒔いたりしました。夕方は野菜の苗と肥料の油かすを買いに行きました。キュウリとトマトと赤いパプリカの3本。そこでちがうワイルドフラワーの種を見つけました。こちらはオランダ産、今日蒔いたのはフランス産です。どうちがうのかわからないのでこちらも調達しました。明日は野菜の苗を植えて肥料をやり、草も少し取ることにしましょう。

夜、HDDレコーダーに録画していたNHK-TVの「こどものきもち24時」を観ました。地方の小学校、半数が外国人の日本の小学校、情緒障害児短期治療施設の子どもたち、フリースクールの子どもたち、中学受験を目指す子どもたち、どこにいても子どもは子どもだと思いながらもひとりひとりの文脈に思いを馳せるドキュメンターリーでした。子どもたちの生きる力はすごいものだ。終わり近くで「子どもたちは学校で何を学んでいるんだろう」というテロップが出ました。ほんと、子どもたちは学校で何を学んでいるんだろう。

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バラ、いくたびか

NHK-BS1の「関口知宏のファーストジャパニーズ 切り絵作家 蒼山日菜 フランス・スイス」で蒼山日菜の切り絵を初めて知りました。日本生まれ日本育ちなのにちがう文化圏で育ったかのような印象はどこからくるのだろうか。そして、彼女の切り絵を見たスイスのギャラリーのオーナーの言葉も素敵でした。「人は何かを成さねばならないという強い意志をあなたの作品から感じます。」それは芸術あるいは芸術的な営みこそ持ち得る力でしょう。彼女の創作の力は働いて学費を工面しながら高校を卒業したという体験などと無縁ではないと思います。番組の中の彼女はフランス人よりもフランス人らしい個人主義を纏っているように感じました。この5月には津市でも切り絵の体験レッスンをされるようです。

この番組で関口知宏がMacでピアノ曲を作曲する場面がありました。MacはG4 15inchだったと思います。ソフトはDigital Perfomerとか。Macにはすぐ使えるGarageBandがプリインストールされているから活用することを考えるべきか。知らずして云々はできない。

ここしばらくバラのことが頭の片隅にあって、かつて集めた本をあらためて開いたりネットで育てやすいバラを探したりしています。私をバラに目覚めさせたのは清水佳子『イギリス生活花日記』(婦人生活社 1997)でした。同じ著者らが書いている『私のバラに逢いたくて』(成星出版 1999)ではバラの作り方や歴史などを知りました。どちらも廃版になっているようですがこの2冊は親しみがあって大切な本です。他にバラの本といえば最相葉月『青いバラ』(小学館 2001)が興味津々です。詩は村松英子の「欲しい」(『一角獣』より)が圧巻です。「私は欲しい/ひきがねにかけられた熱い指を/丹精の薔薇を切る園丁の瞳を/岸壁に傷つく海のわき腹を」の一連は、命を絶つほどの激しい情動が描かれた2行にはさまれて、園丁の瞳が静かに、しかし、深い光をたたえて薔薇を見つめる園丁の姿が、まるで時間が止まったかのように見える。この詩を知ってもう30年になりますが私には特別な詩です。またバラを育てようとしています。アンネのバラはもう育てていますけどね…

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原型の音楽

毎日慌ただしくて1日48時間くらい欲しくなりますが、移動のときにアテンザのFMから流れる音楽にふと聴き入ることがあって音楽と過ごす時間がまる1日分欲しいと思うこの頃です。今週はピアノトリオのジャズに聴き入ってしまいました。ピアノ、ベース、ドラム、このシンプルなアンサンブルはジャズの原型のひとつと思いました。その音楽はしっとりとしていて気持ちを落ち着けるには最適でした。そうした時間に身も心もおくことで次の行動のベクトルがみえてくるように思います。今夜はNHK-BS2でカーペンターズの特集番組が放送中です。彼らの音楽も音楽の原型のひとつでしょう。

やっと新年度のポコ・ア・ポコのご案内葉書の印刷までたどり着きました。やっとというのは、宛名書き用のソフトをワードから「宛名職人」に替えたことで設定に時間がかかったからです。「宛名職人」はWindowsのソフトですが、Intel Mac+Parallels Desktop+XPで問題なく動作しています。MacのExcelからのデータ移行はあっけなく終わったものの、相変わらず取説を読まないので目が点になること度々です。大学の入試問題ではありませんが出題者ならぬソフトの設計者の意図を読み解きながら「正解」を探すようでした。さて、やっとプリントと思ったら次はプリンタが不可解な不調で葉書を30枚ほどダメにしてしまいました。油断してはいけない。文字がにじむのですがコンピュータを再起動して直るというのは一体何なのか。これはWindowsでも時々あります。そんなこんなで時間がかかりましたが専用ソフトだけに一度設定をするとあとはスムーズです。

スポーツクラブで使うウエアなどを納戸から出して揃えてみました。一通りどころか何セットもあってどれも10年も前のものばかりですがトレーニングには使えそうです。ただ、スイムウエアはデザインがすっかり変わってしまってちょっと気が引けます。また少しずつ揃えることにしましょう。

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