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2009年1月

「手塚治虫 漫画 音楽 そして人生」

今週は体調がいまひとつながら大きくくずすこともなく週末を迎えました。今朝は6時前に起きて所用で近鉄電車に乗りました。夜来の雨が上がって黒い雲が浮かぶ空に朝日が昇るのがとてもきれいでした。町並みや山々が朝日に照らされて金色にくっきり輝いて見えて絵画のようでした。そうそう、近鉄松阪駅では「鮮魚」と表示のある電車を見て驚きました。大阪方面に魚を売りに行く人たちが利用するのでしょう。それにしても「鮮魚行き」とはおもしろい。「鮮魚列車」という意味か!? いっしょに乗って魚たちが売れて行くようすを見てみたいものです。

昨夜のNHK-TV「プレミアム10」は「手塚治虫 漫画 音楽 そして人生」で興味深く観ました。「生誕80周年の手塚治虫の世界に、音楽を切り口に迫る」というもので、彼がいかに音楽好きであったかというエピソードがたくさん紹介されていました。クラシック音楽を流し続けて漫画を描いていたことや漫画の絵そのもので音楽を表現しようとしていたこと、「こんな音楽を」とピアノを弾いて聴かせたこと等々、音楽好きにはたまならない内容でした。彼のアニメの音楽にまつわるエピソードもおもしろかったのですが、私にとっては漫画の制作そのものと音楽とのかかわりに関心がありました。クラシック音楽のリズムを片方の手で取りながらもう一方の手で絵を描く手塚治虫の姿が印象に残っています。彼にとって音楽は創造の源なのでしょう。昨夜の番組で流れた音楽でいちばん印象的だったのはチャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」でした。交響曲はほとんどiPodに入れてなくて聴く機会も減っていました。

木曜日の出張先で受け取った資料を見て私の中でいくつかのことがひとつに結びつきました。このところ仕事はかなりスリリングです。こちらがアンテナを高くしておかなければ気づかずに通り過ぎてしまうような小さな情報が大きなキーを握っていることが少なくありません。自分の反応次第、というところ。アンテナも大切ですがイマジネーションはもっと大切だと思います。イマジネーションはどうやって鍛えられるのか。それも関心事のひとつです。マネジメントのキーはイマジネーションが主役かも知れないと思っています。絶対欠かせない脇役は、そうですね、「brain with wings」でしょうか。「翼がある脳」という考え方が比喩としてとても言い得て妙だと思います。

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青春弁当、再び

週末もあっという間に過ぎてしまった感があります。このところの冷え込みで朝日に光る枯れ草の霜がきれいで休日には写真を撮りたいと思っているのですが、いざその日になってみると朝から慌ただしく時間が過ぎてしまいます。

土曜日はアテンザの車検でした。HIDヘッドランプの電源ユニットを交換するという思いがけない出費があって少なからず落ち込んでしまいましたが、車検から戻ったアテンザをドライブするとエンジンのレスポンスが向上、ハンドリングも“迷い”がなくしっかりして、とても15万キロ近くを走ったとは思えない質感に満足度も高得点をつけたくなりました。この次もこの代のアテンザを探すかも知れません。

今日の昼は三重県立相可高等学校食物調理科の生徒が作った「青春弁当」でした。いつ食べてもこれはすごいと思います。味付けは素材の味を生かした薄味です。ていねいに小さく切りそろえた食材は胸がきゅんとするくらいです。がんばれ!とエールを送りながらいただきました。学校が休みの日は生徒たちの“営業日”です。

私の地元、三重県松阪市で現職最年少33歳の市長が誕生しました。“声なき声”の力の結集と思っています。

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京都

今週の締めくくりは京都への出張でした。会議が終わって堀川下長者町から烏丸丸太町の地下鉄の駅まで歩きました。京都はこんなにきれいな街だったのだろうかと思いました。私が京都の大学を卒業して27年になろうとしていますからそれも当然でしょう。歩道は粗挽きのような2色のコンクリートブロックが見事なほどフラットに敷き詰められていました。その歩道を学生と思しき若者たちが自転車で走って行く姿は清々しくてうらやましくなるほどでした。京都はなつかしい街です。私が学生の頃は路面電車が走っていて、地下鉄が開業するときにちょうど卒業でした。また自転車で走りたくなりました。京都ならどこでもいい。ただただあの頃のように走りたいのです。駅前で文庫本サイズの都市地図を買って帰りの電車で思い出の場所を探していました。

今日のキーワード・・・ケアリング、教育上のテーマ、主題(音楽用語)、アカデミック(学問)、言葉、カミュ、秩序、構造化、ここまでくると、藤原正彦、国語(言語)、情緒と続いてケアリングに戻ります。お茶の水大学教授藤原正彦先生の講演「祖国とは国語」(平成18年度全国高等学校教頭会研究協議会資料)の要旨にこんな記述があります。「『学問』とは、語彙の習得であり、思考を言語化することである。国語を学習する目的は次の3点である。①読書を通して国語力をつけることにより教養を身につける。②国語力をつけることで、論理的な思考ができる。③論理の出発点となる仮説を選択する力である情緒を養う。」論理は情緒から始まるという文脈に私は共感しています。

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「しなやかに たおやかに」

一昨日は東京に出張でした。7時53分名古屋発東京行のぞみ64号はいつも乗る新幹線です。車両はN700系、カーブで車両を傾けたまま段差がついたようにダイナミックに加速する走りはいつもながら気持ちがいいものです。思考のレベルを高めてくれるようであれこれと思いつくままメモを取りました。そんなときにあの本を持ってくればよかったと気づくものです。この日はネル・ノディングズの『学校におけるケアの挑戦 もう一つの教育を求めて』(ゆみる出版 2007)でした。病気の子どもにとって教育とは何なのか。アカデミックという構造はいうまでもなく、もうひとつのキーワードはやはりケアリングだと考えます。ケアとは心砕きです。ヒューマニズムに支えられた営みです。この本の見返しには監訳の佐藤学さんのサインがあります。「しなやかに たおやかに」

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伊勢の宿

リンクさせていただいている「パリときどきバブー」のバブー様ご一行が私の故郷、伊勢に宿をとりました。星出館です。ここは半端なレトロではありません。かなりのインパクトがあります。10年くらい前、水琴窟ができたというので泊まりに行ったことがあります。時間の流れが数十年前に止まったのではないかと思われるほどの、それは私にとっても意識して記憶を辿らなければならないほどの旧さでした。その様子は「パリときどきバブー」の写真におまかせするとして、その星出館にバブー様ご一行が宿をとるという思いがけない出来事に驚き、また、うれしく思いました。パリと伊勢が突然つながったのです。また、プチ天使ちゃんの日本の故郷が三重ということも知りませんでした。

今日は伊勢に鉄道で行ってきました。鉄道というのは、往路は近鉄、復路はJRということです。五十鈴川駅から伊勢市駅までは三重交通のバスで移動しました。そのわけはさておき、伊勢市駅から伊勢神宮の外宮までゆっくり歩いてたくさんの発見がありました。山田館のように旧いまま営業を続けている旅館もあればリニューアルされた老舗もあり、そして、私が学生の頃に開発された区画もテナントが頑張っていました。そのひとつ、アウトドアの店に入ってみました。開店早々の客は意外にも年配の人ばかりでした。初老の夫婦がトレッキングシューズを探していたり、やはり年配の男性がインナーについて細かく注文をしたりしていました。本格的なアウトドア用品はそれなりに値が張ります。団塊の世代の方がお得意様になるのでしょう。“本物”は値が高くても売れる、ということです。

穏やかな日差しの一日でした。weathernewsから「夕焼け小焼けメール」が届くかと思っていましたが届かず。果たして、夕焼けは取り立ててのほどではありませんでした。でも、今日の風は小春日和の匂いがしました。昨日までのあの寒さはどこに行ったのだろうと思うくらい。そうそう、昨日の朝の霜はほんとに美しいものでした。凛とした空気も美しいものでした。

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自転車が生みだす多様性

土曜日曜とミュージック・ケア初級総合研修三重会場の3日目と4日目でした。昨日は朝から雪が降っている地域もあって心配しましたが受講予定のみなさん全員がそろいました。午後は宮本先生の理論の時間でした。ミュージック・ケアが実技とともに理論も充実して学術的な構造性のレベルを上げて来ていることは実に頼もしい限りです。宮本先生と私は同じ大学を出ているのでお送りする車ではなつかしい京都の話となりました。下宿代が4,000円!…そんな頃の話です。研修は4日目の昨日で30曲全曲を終えることができて、受講のみなさんはもちろん、スタッフも大きな達成感がありました。いつもながら充実した研修です。

今日は市の休日診療所に行くことがありました。診療所内の駐車場は満車、隣接の駐車場も8割くらい埋まっていました。診療所の待ち合いは立って待つ人もいて混み合っていました。受付の方は手を止める間もなく、書類やモニタに目をやりながら受け答えをしたり電話をしたりと見るからにたいへんでした。私が診療所にいた間に生活がたいへんそうな何組かの家族を見かけました。生きることがあまり器用でない人たちという言い方になるでしょうか。知的面の障がいも見受けられました。どんな毎日を送っているのだろうか、仕事はあるのだろうか、などと考え始めるとやりきれない気持ちになりました。この閉塞感をどうとらえようか。昼はファーストフードになりました。

午後はMacと仕事でした。ワードのファイルから一太郎のファイルにテキストをコピー&ペーストという作業で、Mac OX+MS WordとMac+Windows+一太郎との組み合わせでサクサクとはかどるのは愉快でした。Macのマウスは疲れにくくてなかなかよい。

仕事の合間に思い出したことがあってネットで検索をしたら興味深いことがわかりました。検索ワードは「自転車 牽引 リヤカー」です。ミュージック・ケアの研修のスタッフでセッションの道具を自動車を使わずにどうやって運ぶかという話をしていて、スーツケースに入れて1時間歩いたことがあると聞いて、自転車でリヤカーを引っ張ったらどうだろうと思いついたからです。今はアルミの使いやすいリヤカーが何種類も販売されています。でも、検索してみると自転車で牽引するトレーラーがあるというアメリカの情報をヒットして驚きました。1台の自転車で3台のトレーラーを牽引している写真までありました。あと、手で引くキャリーとしても使えるトレーラー等々、欧米の発想はスマートでデザインもなかなかのもの。アジアの発想もまたおもしろいものでした。自転車で冷蔵庫や自動車まで運ぶ写真にも驚きました。ニューヨークの自転車盗難防止策もパワー・オブ・アメリカ?を彷彿とさせる驚きの光景でした。ワイヤーではなくごつい鎖で自転車をロックするのです。それもお国柄か。自転車は将来性も多様性もある魅力的なツールだと思っています。それにしてもこのサイトはおもしろい。

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御詠歌のフレージング

西国三十三所の御詠歌を父が写した本を見ながら唱えることがありました。この御詠歌は実に不可思議なフレージングで詠まれます。単語の途中での息継ぎが何度も出てきます。その外し方、思い当たる歌があります。ユーミンの歌です。私は歌詞よりも曲を聴く人ですが、かつて、ユーミンの歌の詞をしっかり聴いていてどうも理解できない言葉がありました。プリントされた歌詞を見ると単語の途中で息継ぎがあって、そのために次の単語と続いてまるで別の単語と聴いてしまっていたのでした。これはおかしい、と人に言うと、そう聴いてはいけないと言われて、そんなものかと妙に感心したものです。ユーミンの歌も御詠歌も何回も聴いているのですが、この2つが、今回、私の中で結びついてしまいました。こうなると気になって仕方がない。その背景等々を考えてしまいます。もちろん、直接的な関係ではなく、もっと深いところ、言語学的あるいは音楽における言葉の意味等々です。答えはそうそう簡単に見つかるものではありませんが、少なくとも御詠歌の聴き方は変わります。

この日曜日、NHK-TVの「小さな旅」を観ていて、そのテーマ音楽を作曲した大野雄二の「NHK特集 シベリア鉄道 ロシア号の旅」が聴きたくなって実家からカセットテープを持ってきました。レコードを持っているのですが再生するシステムがないので、当時、カセットテープに録音した音源を聴く次第です。この番組は1982年2月に放送されました。音楽にも映像にも魅了されてしまってレコードを買い求めました。大野雄二の音楽はメロディーもリズムも音色もすごくノスタルジーを感じます。あたたくてやさしくて、ちょっとばかりウェットで、ノスタルジーを感じつつもいつ聴いても新鮮です。レコードとカセットテープというアナログの音も実にやさしい。ロシアには行ったことがありませんがシベリア鉄道に乗ったらきっとこの音楽を心の中で奏でてしまうでしょう。音の記憶です。

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山田一雄の指揮と小学生

元旦からよく冷えます。ハイネックのセーターで首筋も暖かくして過ごしています。静かな年明けです。

大晦日の午後、アテンザで移動中にNHK-TVで小沢征爾のチャイコフスキーの「悲愴」を少し聴きました。オーケストラはベルリンフィルでした。すごく懐かしく聴きました。小澤が振る「悲愴」を初めて聴いたのは学生のとき、NHK-FMのライブ放送だったように覚えています。オーケストラがたいへんな音量で鳴り切っていた印象があって驚きました。これがあの「悲愴」なのかと思いました。でも、チャイコフスキーのスコアに忠実な演奏だという印象もまたありました。そう、小澤が振ると、演奏家と楽器が最高のパフォーマンスを発揮するように思えてなりません。その上で楽譜通りに奏でる。こんな曲だったのかと驚き、感動します。ラフマニノフのピアノ協奏曲第3番もその最たる印象がありました。オーケストラの団員ひとりひとりが最高のパフォーマンスを発揮する指揮、それが小澤のマジックともいえるでしょう。

かつて市民オーケストラでヴァイオリンを弾いていたとき、山田一雄の客演指揮を仰ぐことがありました。彼が亡くなる前の年のことでした。山田一雄の指揮は全身をダイナミックに動かすスタイルで、一見、斬新な音楽作りと思えますが、録音を聴くとヨーロッパの伝統を受け継ぐ正統かつ生き生きとした音楽を自分たちが奏でていたことにたいへん驚きました。そして、聴きに来ていただいた方のアンケートの記述に私はまた驚きました。「山田一雄という人はきっといい人だと思います」そう書いたのは小学校4年生の子どもでした。山田一雄の指揮もすごいが彼の音楽に彼の人となりを聴いた小学生もまたすごいと私は思いました。指揮者の力はほんとにすごいものだと思う。

年末年始の休暇はコンピュータのメンテナンスにあてることが続いています。この年末年始は今のところ必要に迫られてモニタを調達したくらいですが、SCSI接続のフィルムスキャナ Canon FS2710をMacに繋げるための技術的な課題を解決すべく情報を集めています。方法は2つあるようです。1つは、SCSI→USBのコンバータとMacにインストールしたWindowsXP対応のドライバを使う方法です。もう1つは、SCSI→IEEE1394のコンバータとMacOSX対応のFS2710のドライバをサードパーティーから購入してMacOSX上で直接スキャナをドライブする方法です。接続例は検索できなかったのですが後者の方が確実なようです。同じことを考えている人は少なくないようで、コンバータが商品化されていたりガイドのサイトがあったりと、これからも繋いでいってほしいものと願っています。そうそう旧いものは捨てられない。

旧いといえばこれも旧いもので、音楽関係ではYAMAHAのSOL2を使えるようにしたいと考えています。インストールするだけですがその時間がないまま1年が過ぎて年越しをしてしまいました。昨年の今日はIntel Mac+Parallels+WindowsXPにインストールしたXGworksでMU500を初めてドライブした日です。しかし、今となってはMUシリーズの音源モジュールはMU500だけがラインナップ残るだけで、MU500とMU2000を何とか1台ずつ確保した次第です。綱渡りですね…

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