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2008年11月

無相荘にて

昨日は急に東京に行くことになって慌ただしい週末となりました。用事に遅れてはと早く出たので旧白州邸「無相荘」に立ち寄りました。

旧白州邸「無相荘」は白州次郎が30余年にわたって暮らした住まいです。農家を直しながら暮らしたというその住まいに私は凄みのようなものを感じました。趣の深さや大胆さ、そして斬新さが家の造作や小物から伝わり、荒々しくもありました。彼の人となりを伝えるパネル等のエピソードもまた私の血を沸き立たせるものとなりました。その中でとくに私の目を釘付けにしたのは「武相荘」と命名した自宅への思いを綴る一文のこの言葉でした。「それはあくまでも、今この瞬間のものである。明日はどうなるものかわかったものではない。」その時々の暮らしに合わせて家に手を入れながら30余年、子どもも独り立ちした頃のものです。これからの暮らしに合わせて家を直し続けるとの意思を綴ったものですが、これは無相荘に限ったことではありません。その時々の状況に自分が反応し続ける意志を表したものです。まさに「ナラティヴは書き換えられるもの」という考え方です。このパネルの前で私は文字通り立ちすくんでしまいました。ただただ、凄い。迷ったら無相荘で考えたい。

UMPC Dell Inspiron Mini 9が届きました。実物は光沢のあるピアノのようなボディで愛着が持てます。サイズはかなり小さい。キーボードは英文にしたのでシンプルで好印象です。そして、何よりもHDDを使っていないので頼もしい限りです。ウェブストレージの使い方も工夫して効率的な作業ツールとしていきたい。デザインもちょっとMac風にして! こんなふうにコンピュータのことを考えることは私にとって頭のリフレッシュだとこの頃よく思います。コンピュータはおもしろい。

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晩秋、11月の日曜日のポコ・ア・ポコ

11月の日曜日のポコ・ア・ポコは10家族のみなさんに来ていただきました。みなさんがポコ・ア・ポコの空間の意味をご理解していただいて私も驚くほどの子どもたちが自分を調整する力を見せてくれました。子どもたちのなんとたくましいことか。ほぼ50日ぶりのポコ・ア・ポコで私の方が動作の感覚を取り戻すための時間を要してぎこちないところがありました。精進しないといけません。

玄関先にシェードガーデンやグランドカバーの苗が溜まってきました。明日は雨、植えることは難しいでしょう。せめてアンネのバラだけでもポットに植えたいと、ポコ・ア・ポコの帰りに30㎝のポットを調達してきました。イタリア製だとか。作りはそこそこですが形がきれいです。レジに並んでいたら私のすぐ後ろの人は「バラの土」をカートに乗せていました。どんなバラを育てているのだろうと思いました。アンネのバラは仮住まいのポットで二輪の花を咲かせました。つぼみは赤、花が開くと淡い黄色、そして、ふちから赤みが増して淡いオレンジに変化する花はほんとにきれいです。明日はアンネのバラだけでも植え替えたい。

家の前の通りは紅葉したハナミズキの葉も半分くらい散りました。晩秋を迎えるとグレン・グールドのバッハを聴きたくなります。グールドの演奏からは湖畔の家の寒々とした光景が自分の記憶のように姿を現します。それは凛とした白いシーンで非日常を感じさせる。冴え渡る冷たい空気がいい。

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休養日

このところの気温の大きな上下で昨日から頭痛がして今日は休養日となりました。明日は11月の日曜日のポコ・ア・ポコです。なんとしても体調を整えておかなくてはなりません。

DELL Inspiron Mini 9は注文後に黒が再発売されたので変更してほっとしていたところ32GBのSSDが加わって落ち込んでしまいましたが、32GBのSSDはほどなくラインナップから消えていました。どうやら生産ラインに乗らないようです。今しばらくは賢い買い物と思わせてほしいものです。16GBのSDHCにデータやレジストリを使わないソフトをインストールするなどしてマニアックに使いたいのですが、MS Officeはどうしたものかという最後の壁を前に悩むことしきりです。結局使っていくことになるのかも知れません。一太郎もちらつきます。テキストを書き散らすためのどこでもマシンがそもそものきっかけなのですが、ますますどこでも仕事になってしまいそうでもあります。ネットでいろいろ調べる一日でした。

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ナラティブは書き換えられるもの

昨日は地元の知的障がいの教育部門を置く特別支援学校の文化祭に行ってきました。いつもながらとても温かい雰囲気で開会式から華やいでいました。そこは社会にもっともっと広く知って欲しい営みがある空間です。

出張の資料をまとめていていくつかのキーワードに私の関心のアンテナが反応しました。とりわけ「ナラティブの書き換えの援助」という言葉が象徴的です。人の意思は時とともに変わっていくものです。ひとつのことを決めるにもそこに至る道筋があって、行きつ戻りつして心を決めて行きます。その道のりではたくさんの言葉が積まれる。それがナラティブだ。自分の物語を紡ぐ営みにリアルタイムでいっしょにいる人の存在は大きい。この「援助」の場のひとつが学校教育です。教育が培って来た資産の統合と継承が喫緊の課題ですが、そのための空間は新しく構築するべきだと私は考えています。リメイクかも知れませんが新しい概念を生み出すことと同義です。新しい哲学が生まれる日もそう遠くはないと私は考えています。ICFも両義性の発達論も市民権を得て来ています。このパラダイムシフトに多くの人がかかわって欲しい。

フィギア・グランプリ、フランス大会の浅田真央のフリーの曲はハチャトゥリアンの「仮面舞踏会」で3拍子でした。ダイナミックな曲で選曲は一番でしょう。

UMPCをDELLのBTOで注文しました。PHSのデータ通信同時契約で缶コーヒー1本ほどの価格設定でした。無線LANとの使い分けで賢く使えばメリットがあります。このPHSの端末がMac OS-X Leopardにも使えることがわかって儲けものです。さて、マシンは16GBのSSD、8.9インチのモニタ、1kgというコンパクトなもので、16GBのドライブがもの足りなく思えますが、ThinkPad535Eがわずか1.6GBのHDDで動いていたことを思えば10倍、OSが巨大化しているといってもかなり使えます。RAMはXPが認識できるリミットの1Gです。私はUMPCをテキスト中心で使うので余裕のスペックです。ドライブがSSDなので衝撃に強いことが何よりも頼もしい。衝撃でHDDが壊れることを恐れてPCを持っていると気疲れしていました。次はソフト選びです。メーラーはThunderbird Portableが最有力候補で、このMac+WindowsXPで試して上々の使い勝手です。テキストエディタは未定。モニタの表示をMacライクに変更するためのプログラムがXP SP3で動くかどうか、これは検証例を探します。それにしてもUMPCの新型が発表されると大型のHDDやモニタが搭載されるようになってきていて、これでは“どこでもドア”としての“ネットブック”の名が泣くというものだと思います。HP200LXの系譜を継ぐ潔いスペックのマシンがマニアックで小気味良い。そうそう、キーボードも英語にしてみました。webカメラもBluetoothも切り捨てた往年のモバイルスタイルです。

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持続可能な教育

3日間の熊本出張から帰ってきました。熊本はずいぶん暖かく、冬服では暑くて体力を消耗してしまいました。空は3日間とも真っ青な晴天で、熊本城の天守閣の壁が白く輝いて見えました。市電の窓は開いていて気持ちのいい風が首筋をなでていました。市電は帰るときに初めて乗ったのですが、乗った瞬間にタイムスリップしたかのような錯覚がありました。木の床に引いた油のにおい、加速するモーターの音と線路に軋む車輪の音、空気を圧縮するコンプレッサの音、静かに席に座る動かぬ人たち…円熟の町、そんな言葉が浮かびました。少々のことでは動じない町のように思いました。

熊本では全国病弱虚弱教育研究連盟研究協議会に出席していました。全国の病弱教育の実践報告も然ることながら指導助言の言葉にただならぬ胸騒ぎを覚えました。多くは書きませんが、子どもたちをとりまく私たちの意識と制度がパラダイムシフトをしない限り持続可能な教育・社会は望めないのではないかと、そんな危機感すらかすめます。そんな中でNISE(独立行政法人国立特別支援教育総合研究所)のブレインはやはり冴えわたっていました。私たちはどこに向かおうとしているのか、ひとりひとりがしっかり自覚するときがきているものと思います。持続可能な教育については自分の言葉でまとめていきたいと考えています。

帰路、博多で新幹線のプラットホームに上がって目が丸くなりました。なんと、500系に乗車することになっていたのです。500系は私がいちばん好きな新幹線です。航空機のような丸いボディ、窓さえもカーブしていて、だから車内は狭いのですが、ロケットのようなメタリック調の外観からはちょっと想像できない暖色系のパープルのシートとアクセント、そんな列車が最新のテクノロジーで疾走することに戦慄を覚えます。コンコルドの美学と通じるところがあります。500系もコンコルドも生き残れないのですが、根強いファンは少なくない。今日も博多駅で先頭車両を写真に撮ろうと数人が順番に場所を譲り合っていました。

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HP200LX、ThinkPad535E、チャンドラー、そして…

ThinkPad535Eは文字通り苦楽を共にした盟友で、この秋でちょうど10年目となります。最終的にWindows95OSR2から98にアップ、HDDも換装して現在も使える状態にあります。2000年の横須賀の研修でも「久里浜だより」をIDO(当時)の携帯から発信し、シンセサイザーの打ち込みとコンサートでも活躍しました。すごく懐かしく、愛着があります。HP200LXとチャンドラーは使ったことがありませんが気になるマシンでした。チャンドラーは535の後継ですが、HP200LXはいわゆるハンドヘルドPCで、使い勝手は決してよくないけど数々の制限を乗り越えて使いこなすことがマニアスピリットを刺激して人気を集めたマシンです。パソコンの性能はどんどん上がっていますが、敢えて使いにくいマシンを使いこなすことに心を躍らせるのがマニアでしょう。ここしばらくPC市場で話題を集めているUMPCはHP200LXの21世紀版マシンかと思います。ドライブはSSDが“通”でしょう。容量は8〜16GBほど。たったそれだけのドライブにWindowsXPが納まってしまうこと自体に驚くのですが、MS Officeのインストールもおぼつかないマシンが売れに売れていることがそもそも興味深い。使いにくいからこそマニアックでチャレンジしたくなります。私もそのひとり、です。MacBook Proの性能に不満はなくWindowsXPも使えますが、携帯マシンとしては絶対的な大きさと重さ、そして、衝撃に弱いHDDがネックです。G4 12inchの頃は毎日持っていました。“どこでもPC”はやはり持っていたいもの。UMPCは1kg前後ですからシステム手帳とほぼ同じです。MacBook Airは残念ながらHDDです。

自宅のWindows VistaにGoogle ChromeとSafari、そして、Operaをインストールしてみました。ブラウザ選びです。デザインと表示テキストのきれいさ、そこそこの速度ということで Opera を使うことにしました。ブラウザがちがうとこうも表示がちがうものかと少しばかり驚きました。

今日は三重県教育県民集会に行って江川紹子さんの講演を聴く機会がありました。筑紫哲也さんが敢えて渦中に留まって事態の対応に務めることを選んだというエピソードに力づけられた人は少なくないでしょう。

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奏でることの力、幾度か

今日は勤務校の学校祭でした。数々の感動のシーンがありました。音楽の発表では奏でることの力をあらためて思うことがいくつもありました。そういえば合奏とは「奏で」を合わせると書くことに気づきました。今日の学校祭はいつの学校祭でもない、今日だけの大切な一日でした。学校はWonderlandとなりました。

いつしか北風が吹くようになりました。今朝のテレビで閑谷学校の楷の木の紅葉が紹介されていました。その見事さ、大きさにただただ驚きました。四季折々の光のなんと美しいことか。

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「ぞうれっしゃがやってきた」

学校祭で子どもと保護者、職員がいっしょに発表する「ぞうれっしゃがやってきた」の練習をしていたとき、詩の言葉に目がしらが熱くなりました。言葉がこんなにもストレートに自分の心に届くのはどうしてだろうと思いました。思いっきり歌う子、恥ずかしそうに口を少しだけ開けて歌う子、動物園の園長を演じる先生のソロ…ひとりひとりの奏でる力が詩と音楽に命を吹き込むのだ。その場にいるだけで私は感極まってしまう。そこで起こっていることはただ事ではないのだと思う。

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高原の小さなホールで

あっという間に3連休が終わってしまいました。でも、この3連休は1年分の出会いが凝縮されていたかのようでした。仕事もプライベートも自分の意思でアクションを起こしたものですが、そのどれもが新しい出会いにつながっていました。人との出会い、花との出会い、音楽との出会い、そして、木の香との出会い…こんなこともあるのかと思いながらアテンザのシートに深く身を沈めて帰ってきました。

今日は思いがけなくソプラノとピアノのコンサートの場に足を踏み入れることになりました。木造の小さなホールにグランドピアノがあってコンサートとパーティーの準備が整っていました。導かれるまま椅子に腰を下ろしました。「冬景色」「故郷」「私のお父さん」「枯れ葉」シューベルトの「即興曲」そしてドビュッシーの「月の光」 なんと素敵な空間だろうと、そこに身を置いていることが現実ではないように思えました。コンサートも終わり近くになった頃、ピアノの上に置かれた真紅の薔薇の花束を見ていたら、ふと、福永武彦の『風のかたみ』(新潮文庫 1979)の一節を思い出していました。智円という陰陽師が中納言の屋敷で法術を見せるのですが、ただ一人、術にかからぬ人のために別の幻を現すというくだりです。智円は次郎に言った。「その姫君のみはわたくしの術にかかりそうになかった。そこでわたくしは姫一人のために、姫君にのみ見える術を使いました。あなたがたが、春から夏、夏から秋、秋から冬と四季のめぐりを見ていられた間、わたくしは姫君が心に思われている通りを、見させてさし上げたのです。一時に、二ようの術を使ったというのはわたくしも初めてです。これは我が命を縮めかねないほどの至難の業です。」この本を初めて読んだときから妙に印象に残る一節で、今日、また、よみがえってきました。こんなとき、私は音楽に身も心も委ねているのですが、きっと、演奏家にとってはやっかいな存在でしょう。ホールから出ると高原の風も止まってただただ静かな秋の日の午後でした。

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アンネのバラ

3連休も慌ただしく過ぎてしまいそうですが、ここのところ時間を見つけては園芸店巡りをしています。グランドカバーとシェードガーデン用の植物を探しています。今日は数年ぶりにのぞいた市内の園芸店でグランドカバーをたくさん見つけていくつか調達してきました。グレコマやヒューケラなど、これまで知らなかった名前の植物も覚えて出会うと飛びついてしまいます。玄関先はポットに入った苗がいくつも並んでいます。この連休に植える時間があるといいのですが…

そんなガーデニング三昧の今日はアンネのバラを分けていただくことがありました。県内の高校で生徒に大切に育てられた苗です。アンネのバラのことは今日まで何も知らなくて今までネットで勉強していました。こちらです。平和を願うシンボルとして世界中に伝えられているバラです。四季咲きで赤から黄へと色が変わっていく美しいバラです。1本の木でこれだけ豊かな彩りの変化を見せる花はちょっと思い出せません。今日は私にとって特別な日となりました。でも、自宅の庭はバラには過酷な環境のようで、一時何本か育てていたバラは絶えてしまいました。アンネのバラはポットに植えて育てることにしましょう。

学校祭が近づいて音楽室から練習する音がよく聞こえてくるようになりました。昨日は「故郷」と「パッヘルベルのカノン」を生徒のヴァイオリンと合わせる機会がありました。グランドピアノを弾くのも久しぶりで、音符がいつもの位置にないことで慌ててしまって練習の成果はどこへやら! でも、音楽を合わせることで音楽の醍醐味を肌で感じることができました。音楽はほんとにいいものだとしみじみ思う。

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