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2008年3月

丘に吹く風

明日も出勤でこのままだと3週間休みなしになりそうですが、ひとつひとつ仕事を終えていくと年度末を実感します。でも、感傷に浸る余裕もなく新年度の準備も並行して進めています。新年度用に復活させたフランクリン・コヴィーのクラシックサイズにインスピレーションのかけらを走り書きしては窓の外の春の日差しに目を向けています。この春は桜をゆっくり観る時間もないかも知れません。

昨日は津市の独立行政法人国立病院機構三重病院に出張でした。ここは前任校で担任した子どもが入院していたこともあり、また、医療的ケアの医学専門研修を受けたこともある思い出深い病院です。現任校勤務になってからは医療的ケアの個別研修を受けました。重度心身障がいの子どもたちの専門病院がない三重県において三重病院が担う役割は喩えようもなく大きい。前任校で担任したその子は亡くなりました。クリスマス・デコレーションがいっぱいの病室で大きな目を輝かせていた姿は今も鮮明に覚えています。今再び、三重病院と仕事で係わることが深くなる縁の深さを思います。三重病院のロケーションは風の強い丘です。私のまたの名は“南の風”です。昨日は“北の風 風力3”でした。「風に吹かれて」という歌があります。風の中にいると私は風に弄ばれることに身を任せてしまう。小さな頃、風に吹かれたあの感覚を思い出します。三重病院の丘に吹く風は私に自分らしさを教えてくれているかのようでした。音楽を奏でるなら空気を動かす音楽でありたいと思う。

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バッハの楽譜

バッハのイギリス組曲第2番ばかり練習した一時期があって楽譜を何種類か集めました。フィンガリングがくわしく記載されている楽譜もあり、また、全くない楽譜もあって、自分なりの弾き方を見つけようと懸命になっていました。ヴァイオリンの無伴奏ソナタとパルティータはアーティキュレーションを示す記号がある譜面とない譜面とが2階建てのようになっている楽譜まであります。オリジナルはフィンガリングもアーティキュレーションの指定も全くありません。だからバッハへの興味は尽きません。ジャズプレーヤーが奏でるバッハが時としてバッハらしさを感じます。今夜はバッハを聴いています。

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高校生と園児の学び

昨夜、携帯電話が故障していることに気づきました。こちらの声が相手に聞こえないようです。この忙しい年度末に困ったものだ。今日、修理に出してきました。代替機は大きさ重さともに私の携帯の半分と思しきサイズでちょっともの足りない印象です。

昨日今日と朝日新聞の切り抜きで始まりました。「発達障害とともに」の上下、そして、「寄り添う心 園児から学ぶ」という見出しの三重県立桑名北高校の「コミュニケーション授業」の記事です。「コミュニケーションの授業」は桑名北高の2年生の生徒が近くの保育所で1年間ペアを組んで一緒に遊んだり食事をしたりするという学習です。最初は「嫌い!」と拒絶しても高校生が来る火曜日を楽しみにするようになる子どもたち。園児も高校生も双方向の学びがあって私は新聞の活字を何度も読み返しては目頭が熱くなりました。なんと素敵な体験なのだろうと思いました。まさに「学びの共同体」です。

今朝の朝日新聞は中原中也といっしょに音楽を聴いたときの回想を綴る吉田秀和のエッセイもどこかノスタルジーをそそる読み物でした。夜は中道郁代が弾くシューマンのピアノ曲を聴きました。部屋で探し物をしていたら赤い“クラウンの鼻”がころころと転がりました。

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ポコ・ア・ポコの年度末

今日、3月の日曜日のポコ・ア・ポコは10家族のみなさんに来ていただきました。久しぶりのお子さんはすごく身長が伸びていてびっくりです。初めてのお子さんはちょっと遠巻きでしたがビニール袋のプログラムから大喜びで参加していただきました。最後の大きなシャボン玉もみんなでしっかり見つめることができて、終わってもすぐには動けないようすでした。素敵なひとときとしてくださった子どもたち、保護者のみなさま、スタッフに感謝しています。

年度替わりは環境が変わるということです。子どもたちの空間も大きく動きます。落ち着かなくなります。でも、ここで大切なのは環境の変化をプラス思考でチャレンジすることだと思います。今日のポコ・ア・ポコの終わりに私が話したことです。人生、何が起こるかわからないからおもしろい。「転石苔をむさず」という諺があります。イギリスとアメリカとでは解釈が異なるようですが、私はアメリカの解釈が好きです。同じ転がる石でも自分の意志で転がるしたたかな石でありたいと思います。

先週は地元の私立高校と特別支援学校に行くこともあっていつになく慌ただしい1週間でした。火曜日は地元の高校に行って、白で統一されたランチルームに今更ながら「素敵だ!」と、教育環境の付加価値の大切さを思いました。木曜日は知的障がいの教育部門を設置する特別支援学校に行ってきました。先生たちのヴィヴィッドな姿がとても頼もしく思いました。

週末にMicrosoft Office : mac 2008のアップグレードパッケージが届きました。仕事中で気分転換もしたくて早速アップグレードをしました。エラー表示が出ていたOffice for Mac 2004をアンインストールして再インストール、そしてアップグレードです。途中、2004のアップデートファイルのダウンロードに時間がかかりましたがトラブルもなく小1時間で終わりました。Office : mac 2008は落ち着いたデザインですごくおしゃれです。とてもWindows版と同じ会社が作っているとは思えないくらい印象が異なるので不思議です。Office : mac 2008にはExpression Mediaもバンドルされていて便利そうですが、AppleやAdobeの同様のアプリケーションとの棲み分けに迷いそうなのでインストールするかしないか一思案です。

これも昨日、家にいてもどうも落ち着かず、前々から欲しかった眼鏡を買いに行きました。最近、老眼が進んで眼鏡をはずして仕事をすることが多く、はずした眼鏡を見失っては探すという無駄な時間を作ってしまうことが度々あって困っていました。細いメタルフレームの眼鏡はなかなか見つけられない。だから買ったのは太いセルフレームの眼鏡です。これも気分転換になりそうです。

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「ストックホルムの空を見上げて」

私がよく訪れるサイトのひとつに「ストックホルムの空を見上げて」というブログがあります。家具作りをスウェーデンに学び、職人としてストックホルムに在住の日本人、須藤生さんが仕事や家族、スウェーデンの文化、カメラのことなどを書いています。EOS5で撮った写真がきれいで見ていたのですが、お子さんが自閉症の診断を受けたことからスウェーデンの医療や福祉についての記述が多くなって興味深く読ませていただいています。医療費負担がゼロに加えて福祉サービスの内容にも驚きます。手当の一部が紹介されているので引用すると、「人一倍、服を汚すので、その為の洗濯費と、多めに用意する服の費用」もOKとのこと。発達検査PEP-Rに添えられた言葉も興味深い。言葉は文化であり“国家”です。
「ストックホルムの空を見上げて」

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再結成ザ・フォーク・クルセダーズの真髄

この前の日曜日に小一時間歩いたとき汗が冷えて風邪気味になったのかと思っていたら、どうやら花粉症の症状が始まったようです。目がかゆくなってきました。それでもひと頃の重い症状を思えばなんのことはありません。

NHK-BSで「道」という映画が放送されたので予約録画をしました。フェデリコ・フェリーニ監督の「道」です。これを観るのは十数年ぶりかも知れません。観るといっても録画の確認のために始めの数分を観ただけですが、私はこの手の映画にはめっぽう弱くて、瞬きもせず固まって観てしまうか涙なくしては観られない。「鉄道員」も「自転車泥棒」も、そう、「イタリア貧乏物語」とでもいうべき映画です。なにもイタリアでなくてもいいのですが、これらの作品は象徴的な存在です。「鉄道員」はスーパーで赤ワインのボトルを見かけるだけで思い出してしまうし、DURALEXのピカルディーというグラスが好きなのもこの映画が理由です。DURALEXはフランス製なんですが!

34年ぶりに“再結成”したザ・フォーク・クルセダーズのライブ盤「新結成記念 解散音楽會」は高い音楽性とウィットに富んでいて、今週、アテンザでいちばんよく聴きました。疲れもしばし忘れて安全運転です。まず、ギターのテクニックが絶妙で、音もすごくきれです。3人の音楽のやりとりやかけひきがおもしろい。そして、詞がいい。「戦争を知らない子供たち」の詞のメッセージはリベラルでヒューマニズムにあふれていて共感します。「今日の料理のテーマ」の「みんなで食べようビーフ、みんなで食べよう鯨、一つ残らず食べようグリンピース」「みんな自然の贈り物だから」
とさりげなく歌うのは痛快! 豪州ではカンガルーの肉がスーパーで並んでいるとのこと!

「あの素晴らしい愛をもう一度」も久しぶりに聴きました。この歌は音楽療法や特別支援教育のことを話すときに私がよく“歌う”のですが、それは間主観性 intersubjectivity の説明です。「あの時 同じ花を見て 美しいと言った ふたりの心と心は もう通わない」というフレーズは、恋するふたりだからこそ花の美しさもいっそう印象的になる、つまり、美しいという主観的なとらえが交わることで自己肯定感や互いに惹き合う気持ちがより強く感じられるという営みがすべて過去のことになってしまってさみしいということで、関係性と間主観性を説明するにはいちばんのエピソードです。

今日、バックパックにEOS Kiss DXを他の荷物といっしょに詰め込んだらレンズ Tamuron A16のフードを取り付けるリングの固定がはずれてしまってガタガタになってしまいました。撮影には影響はありませんがボディはあまり頑丈ではなかったようです。修理に出すべき、でしょうね。A16の代わりにEF 20〜35mmを着けてみました。このレンズはEOS D30といっしょに購入した古参で、前任校で毎日のように使ってその色に魅了されてしまいました。色がLレンズと見紛うやわらかさで、画像管理ソフトのサムネイルを見るだけでそれはすぐわかります。子どもの肌がすごくやわらかくきれいに撮れます。一見アバウトな画像だけどモニタで拡大すると実用以上にシャープで、フィルムカメラで撮ってもデジタルカメラで撮ってもその特性が生きる写りは立派です。レンズにお金をかける意味が納得できるレンズです。20〜35mmはAPSサイズのEOD Digitalだと32〜52mmで“出張”用にはちょっともの足りないけど普段使いとしてライカを使っていると思えばその制限もまた心地よさがあります。寄らないと撮れないので被写体との距離感を縮める。ただ、ただ、歪曲が大きいところが文字通り“玉にキズ”です。

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大人のショパン

所用でJR東海の参宮線に乗って田丸まで行ってきました。ディーゼルカー1両のワンマンカーは塗装が色褪せて旧そうな印象でしたが乗り心地はとてもよくて30分足らずの旅は快適でした。小さな頃から鉄道が好きで一番前に乗って続く線路をよく見ていました。不思議なもので今日はその頃の記憶が蘇ってタイムスリップしたかのようでした。様々なにおいまでもが蘇るのです。復路は多気で快速みえに乗り換えました。こちらは新しい車両ですがディーゼルエンジンの息づかいはやはりなつかしい。田丸駅で降りるのは初めてで、駅舎の戸が木枠の引き戸であることに驚きました。旅行雑誌に出てくるような味わいがあります。でも、出札にはオンラインの端末があって受験生と思しき青年が関東方面の新幹線の切符を買っていました。

田丸駅から近くの特別支援学校までは旧い町並みと田植えの準備が始まった田んぼの間の道を歩きました。およそ30分、暖かい日で気持ちのいい散歩でした。

帰りに書店に寄ってこれまた久しぶりに自転車の本を買いました。ロードレーサーを部屋の壁や天井にアタッチメントを付けて収納する器具や方法を知りたかったのですが、自転車通勤を特集する雑誌があってお買い上げとなった次第です。『自転車生活 Vol.13』(えい出版社)某誌のクロスバイク特集や某々誌のロングライド特集はもう卒業かな、と思いました。80kmのホームコースやイノーのペダリングなど、夢中になって走っていた頃の“記憶”は身体が覚えているように思います。今私が目指すのは“毎日の足”としてのロードレーサーで、通勤には使えなくてもそのノウハウが知りたい。ペダルは用途によって換えないと危ないし荷物の携行もアイデアがほしい。

夜、アルゲリッチ&デュトワのショパンのピアノ協奏曲を聴く。アルゲリッチのピアノは情熱的でデュトワが振るモントリオール響はクールでただただ美しい。大人のショパンだと思う。

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フォーク・クルセダーズの「今日の料理」

今日は三重県身体障害者福祉施設協議会研修会があって、三重ミュージック・ケア研究会は共催なので主催側として行ってきました。講師は日本音楽療法学会認定療法士・日本ミュージック・ケア協会認定指導者の仲谷千恵美さんです。私はビデオの担当でずっとモニタで見ていました。モニタで見るとある意味で情報が整理されてしまいます。モニタの仲谷さんは全体の形がとてもきれいで学ぶところがたくさんありました。身体の隅々までコントロールしないと「音楽」は表現できない。ミュージック・ケアもピアノもヴァイオリンもそうだ。Kiroroの「生きてこそ」も身体で表現して「目に見える」音楽となることを今日目の当たりにして感動しました。

研修会でNHKの「きょうの料理」と日本テレビ系「3分クッキング」の音楽を使う場面がありました。これはフォーク・クルセダーズのアルバム「新結成記念 解散音楽會」にあります。このアルバムの収録曲を見ると往年のヒット曲の他に「今日の料理」(このアルバムでは漢字で「今日」と表記)や「山羊さんゆうびん」もあります。ちょっと口元も緩む選曲ですが音楽の醍醐味たっぷりです。

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