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2007年11月

トラベラーズノートと落ち葉

トラベラーズノートが届きました。実物はけっこう大きくてほんとにざっくばらんな印象です。革を長方形に切って二つ折りにして背に切れ込みを入れて引っ掛けたゴムひもにノートをはさむだけです。作り方もけっこうアバウトかな!? でも革の質感はすごくいい。昔の鞄の革はこんなんだったろうなと思わせる懐古的な質感です。早速カスタマイズにとりかかりました。背のゴムひもをもう1本通して無地のノートやカード入れをはさみこみました。これだけでけっこうなボリュームとなってほどよい存在感です。このトラベラーズノートはオフ用です。

今朝、自宅近くの公園はかえでの落ち葉が敷き詰められたようになっていました。この前の日曜日の団地掃除のことなど何でもなかったかのように、それはそれはきれいです。明日の朝は写真を撮る時間があるだろうか…。夜11時、帰宅して公園を見に行ったら落ち葉は朝のままでした。よかった(^_^)

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今日も「Alone Again」

朝から団地の一斉清掃で落ち葉集めをしました。この団地は伊勢山上からの吹き下ろしが強くて、一夜にして紅葉した葉っぱが落ちて強い風でどこかに吹き飛んで行ってしまうこともあります。掃除要らずでおかしくなります。さて、その紅葉ですが、かえで公園の名の通り、かえでの木がたくさんあります。紅葉はいつもほんとにきれいです。ところが、今年はまだ葉が青々としている木が何本かあります。いつもとちがう秋です。

伊勢の直売コーナーがあるスーパーに行ったところ、今日もギルバート・オサリバンの「Alone Again」がラジカセから流れていました。毎週のように行きますがいつもこれです。終わるとまた始まります。こうして毎日毎日「Alone Again」が延々と流れていることになります。これは何かのメッセージなのだろうかと考えてしまいます。誰がどうしてこの曲ばかりエンドレスで流すのだろうか?

MacでWindowsのアプリケーションを使うためにはBoot CampかParallels Desktopを使いますが、さて、どちらを選ぶかです。Boot CampならLeopardにプリインストールされていて新たに購入する必要はありません。ParallelsはMacとWindowsを同時に使うことができる不思議なソフトです。MacとWindows間でコピー&ペーストもできます。MacからWindowsのフォルダを使うこともできます。今日、『Windowsユーザーに贈るMac快適導入BOOK』(日経BP社)をつぶさに読んでわかりました。答えは出ていますね(^_^)

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「しなやかに たおやかに」

三重大学教育学部附属中学校の公開研究会に行ってきました。テーマは「ともに学びともに高めあう学校の創造〜つながりあう力がつく授業〜」です。佐藤学さんの講演だけでなく、私自身たくさんの学びがありました。

朝の全体会の前に音楽部の歓迎演奏がありました。合唱です。歌声を聴いたとたん、これはただごとではないと思いました。しっとりしたおだやかな歌でした。アーティキュレーションも徒にオーバーな表現をするのではなく、音楽がよどみなく確かな流れとなっていく曲作りでした。午後の研究協議会の前の3年生各クラスの合唱もそうでした。3年生の歌は全員が3年生である分、大人の歌になっていました。しっとりしたおだやかな歌でした。

授業は音楽と国語を参観しました。音楽は附属中学校1年生と附属小学校6年生との合同授業で、ここでもおだやかな曲作りがありました。表現の工夫で“間”を空けることを黒い帽子を頭にすっと落とすことで伝えた先生のセンスに私は逆に脱帽でした。国語は私の専門で、授業も研究協議会も充実したひとときでした。

佐藤学さんの講演は初めて聴きました。教育者の良心の言葉として私の心に深く刻み込まれました。教育現場から教育の言葉をしっかり発信していこうとあらためて思いました。このことは消化してから私の言葉で書いていきたいと思っています。会場で購入したネル・ノディングズ著、佐藤学監訳『学校におけるケアの挑戦 もう一つの教育を求めて』(ゆみる出版 2007)にサインをいただきました。「しなやかに たおやかに 佐藤学」です。“学びあいの共同体づくり”を私も進めたい。

同じく三重大学教育学部附属小学校の公開授業研究会では谷川俊太郎&谷川賢作の「詩と朗読と音楽のつながるときに」の公演があります。これもぜひ行きたい。もちろん授業も大いに関心があります。(20年2月9日土曜日)

今日の三重県はおだやかに晴れたものの、朝夕の冷え込みはいよいよ冬の訪れを告げるようになってきました。朝、高速道路を走っているときNHK-FMからメンデルスゾーンの弦楽八重奏曲が流れてきました。凛とする音で、今日一日の出会いを予感させる音楽のようでした。私はブラウン系のウールのジャケットにベージュのステンカラーコートで出かけました。ほどよく暖かくてちょっと幸せな気分でした。そうそう、国語の授業をした先生が手にしていた手帳を見て驚きました。昨日、私がインターネットで注文したミドリのトラベラーズノートではありませんか! 似た者同士かも知れません。

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手帳

久しぶりに四日市の化学コンビナートの夜景を見ながらのドライブでした。高校の頃だったと思うのですが、新聞に四日市の化学コンビナートの夜景の写真がカラーで掲載されていて目が釘付けになったことがあります。カメラはYASHIKAだったとはっきり覚えています。その頃の四日市のイメージは公害でしたが、その“元凶”はこんなにもきれいなのかと驚きました。こんな体験はいつまでも覚えているものです。記憶は不思議です。

モールスキンのノート関連のサイトをいろいろ見ていてミドリのトラベラーズノートという手帳を知りました。ざくっとしていてアバウトで、でも、五感を刺激してくれそうで注文してしまいました。フランクリン・コヴィーと比べたらはるかに安価で使い方の文脈も対極にあるかのようです。フランクリン・コヴィーと対極という点ではモールスキンもそうですが、トラベラーズノートとモールスキンはよく比べられています。クリエイターたちのツールとしてモールスキンとトラベラーズノートはどちらもよく使われているとのことで、これはユーザーの好み次第ですね。フランクリン・コヴィーもクラシックサイズだとクリエイターのツールに成り得るように思うのはなぜだろう。明日の三重大学附属中学校の公開研究会でメモりたいのもクラシックサイズのフランクリン・コヴィーです。

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「木は光をあびて育つ 人は言葉をあびて育つ」

朝、校門を入って振り返ると鈴鹿山系が白くなっていました。この週末は快晴の真っ青な空に山の雪が輝いて、それはそれはきれいだったとのことです。一気に寒さが到来か、と思いきや、自宅でファンヒーターを初めて使ったら設定温度をすぐにオーバーして不完全燃焼気味です。冬はまだまだですね。団地の銀杏やハナミズキも葉っぱが残っていていつもの晩秋の姿ではありません。

昨日、注文していた本が2冊届きました。荒瀬克己『奇跡とよばれた学校 国公立大学合格者30倍のひみつ』(朝日新聞社出版局 2007)とベニシア・スタンリー・スミス『ベニシアのハーブ便り 京都・大原の古民家暮らし』(世界文化社 2007)です。前者は仕事の本、後者はガーデニングと暮らしの本です。

茂木健一郎は日経のサイトでたいへん示唆に富んだ寄稿をしています。少し長くなりますが引用します。「改革というのはいままでのやり方を否定するところから始まるのではない。今までの良かったところも冷静に見るということだ。過去を全否定するというのは科学的な態度ではない。全部が100パーセント悪いはずがない。荒瀬さんは自分のことを「保守的」だと言っていた。その“保守派”の人が改革をなしとげたところに、味わい深い意味があるのではないか。保守派というのは、つまり過去を全否定するわけではないし、新しいことにすぐに飛びつくのではなくて、「石橋を叩いて渡る」くらい慎重にいろんなことを調べて検討した結果、間違いのないところを採用したという、非常に保守的な態度を取った。その人こそが、いま問題になっている公立高校を再活性化するという改革の先頭に立ったというところが、非常に面白い。」(日経)これはマネジメントの部分ですが、どのサイトだったか、教育実践はフィンランドメソッドを取り入れているとの記述もあって、堀川高校 with 校長荒瀬克己はただごとではないと思いました。この本の帯の言葉がまたすごい。「木は光をあびて育つ 人は言葉をあびて育つ」というものだ。その通りだと思う。

『ベニシアのハーブ便り』はガーデニングと暮らしの指南書になるかも知れません。深夜、庭の花たちに水をやりました。風が吹くと土が乾燥してしまいます。日当りもいいけど風通しもいい所のクリサンセマムが元気をなくしていて乾燥に気づいた次第です。このところいちばん元気がいいのはクレソンです。1か月で4倍くらいに広がりました。フェンネルは植え替えたにもかかわらず新しい葉がぐんぐん大きくなってさわやかに匂います。バジルもたくましくなりました。か細くて心配していたレースラベンダーもしっかり根付いていい香りです。ワイルドストロベリーとローズマリーはしたたかに力をたくわえている様子。この時期にこんなのはやっぱり地球温暖化なのか!?

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おやじバンド

寒くなってきました。昨日の朝はアテンザの車外温度計が3度まで下がりました。今年はずいぶん寒いのかも知れません。この週末は冬支度です。冬支度といっても花の苗植えから始めましたが…(^_^);

昨日は勤務先の特別支援学校の学校祭でした。たくさん来ていただいてほんとにうれしく思いました。特別支援学校が特別ではなく、特別支援学校がスタンダードという発想で情報発信することの大切さをあらためて思いました。

先週、北海道で全国肢体不自由教育研究協議会が開催されました。ICF(International Classification of Functioning 国際生活機能分類)を学校教育に活かす取り組みが紹介されたことを聴いて、いよいよその時が来たと思いました。医療や福祉との連携のための共通言語としても活用しているとのこと。もちろんそうでなくてはICFを取り入れる意味はありませんが、支援構築のための共通言語として共有するツールであることは学校教育においても同様と私は考えています。あと、生活マップも話題になったとのことです。エコマップなど他の呼び方もあります。本人を中心にしてかかわる人やリソースとの関係を線の太さや色で分けて描いていきます。すると社会とのつながりや支援が視覚情報となってそれこそ一目瞭然となります。これも支援構築のためのツールです。主観的なとらえと客観的な評価のすり合わせにも有効なツールです。こうした科学的手法によって必要な支援が効率的にコーディネートされていく支援がこれから主流になっていくものと思います。でも、そのツールを使うのは現場の人であること、道具は使い様であることは言うまでもありません。

さて、今日のガーデニングは赤玉土と腐葉土の調達から始めました。とにかく園芸店も久しく何年ぶりかで、中には店閉まい目前と思しき店もあって私のガーデニングの空白期間が長かったことを思いました。今日は4軒回りました。初めて見る新種の花や木もあって新鮮でした。その中でクリムソンジェムという木が気になって買いました。インターネットで調べるとオーストラリアの常緑樹とのこと。半耐寒性なので冬もなんとか外で過ごせそうです。9㎝のポットに20㎝くらいの背の苗でした。レジに持って行くと「植え替えをしてあげてくださいね」とのこと。「大きくなるんですか」と聞くと、「うちにもあるんですが、背の高さくらいになっています」とか。大きくなってもポットで育てたい木です。帰って早速18㎝の素焼きのポットに植え替えました。移植用ポットの中で根が丸くなっていて、植え替えて生き生きした感じです。細い葉が茎の先にいくにつれて緑からクリムソンへと変化するグラデーションがおだやかな印象でとてもきれいです。今夜はリビングのテーブルに置いて眺めています。

このところ音楽で町おこしがテーマのテレビ番組が続けて放送されました。NHKの「クローズアップ現代」と「にっぽんの底力」です。2つの番組の主役は“おやじ”です。音楽はロックです。音楽が地域の活力の源になる文脈に私は無関心ではいられません。そこに“おやじ”がからむとなるとさらに興味がそそられます。かなり若年の“おやじ”もいますが、そこに根付くように暮らしてコミュニティーを形成しているという点で共通しています。地元の伝統音楽を取り込むなど地域性と密接に係わる形で共有する音楽があるということ、音楽を通じて共有する文化があるということがすばらしいと私は思います。「にっぽんの底力」は沖縄市コザで自治体がライブハウス“コザ・ミュージックタウン”を作って町の再生をめざすドキュメントでした。ここでも50代のおやじが奮闘する。音楽はロックです。

夏川りみがこんなことを言っています。「子どもからおばあちゃんまで聴いてもらえる歌を歌いたい。コンサートにちいさな子どもからお年寄りまで来てくれるようになってすごくうれしい。」(NHK「SONGS」)私は家族がみんなで聴いて歌って楽しめる日本の歌はどんな音楽だろうと考えた時期がありました。音楽の好みは十人十色、好き好きですが、音楽をともに聴いたり奏でたりする喜びはすごく大きい。そのネットワークの一翼を担っている“おやじバンド”の生き生きとした音楽を聴くと私もわくわくします。

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“かぐや”

三重大学教育学部附属中学校の公開研究会に佐藤学さんの講演があることを思い出して調べたら今日が参加申し込みの締め切りでした。もちろんすぐ申し込みをしました。講演のテーマは「協同する学びによる授業の改革ー学びの共同体を求めてー」です。彼の言葉は私の中に真っ直ぐ入ってきます。今回、どんな話を聴くことができるかとても楽しみです。楽しみ、というよりも彼の言葉に飢えているという方が当たっています。

申し込み時に当日参観の授業と研究協議会の教科を伝えておくことになっていて、私は、音楽と国語の授業を参観して音楽の研究協議会に出席することにしておきました。十数年前に私は同じく三重大学教育学部附属小学校の公開研究会で音楽科の研究協議会の司会をしばらく担当していたことがあります。司会といっても助言者のいない運営でけっこうたいへんでした。大学の附属学校は実験的な教育研究を行うことが宿命のようなところがあり、その頃の三重大学附属小学校の音楽科は創作に取り組んでいました。ちょうど学習指導要領に創作が取り上げられたときで、今でこそNHK-TVの「ようこそ先輩」などでそのような授業もいくつか紹介されるようになりましたがそれこそ実験的な内容でした。5月、初夏の日差しが強くなってきた頃の研究会で、紺色の制服が暑そうな子どもたちを思い出します。
(ここまで昨日記。cocologがメンテナンスで操作できず本日アップとなりました。)

今夜、NHK-TVで“かぐや”が撮影した月を特集した番組がありました。今日の朝刊各紙は“かぐや”が撮った月から見た地球の写真を載せていてました。ところが私が見た3紙はずいぶん色がちがっていてほんとはどんな色だろうと思いました。でも、地球はやはりきれいですね。宇宙から地球を撮影したビデオ映像を映すとそれだけで癒しの空間になります。ところで、この“かぐや”というネーミングは聞くたびに素敵だとしみじみ思います。なんとやさしい、やわらかな響きだろう。大学で初めて講読した古典が『竹取物語』で、とりわけ思い出深い作品です。

今朝のニュースで日本人ヴァイオリニストがミャンマーの難民キャンプでバッハを弾いているシーンがありました。国連難民高等弁務官事務所の招待とのことです。その演奏がとても崇高に思えました。

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11月のポコ・ア・ポコ

4家族のみなさんに来ていただきました。4家族は日曜日のポコ・ア・ポコでいちばん少人数のように思います。少ないと子どもたちのことがよくわかるし、また、子どもたちもその空間を等分する割合の大きさを実感します。いつも小さくなっている小さなお子さんはこのときとばかりグッズの袋と開けようとしたりバルーンで大きく動いたりと、ふだんとちがう姿がたくさん見られました。いつも開けてみないとわからないのがポコ・ア・ポコです。その時その場その空間で自分がどういるべきかを自分で考えるキャパシティを確保していることがミュージック・ケアの特色ですね! ところで、今日の少人数のことで、秋は休日の行事がたくさんあって、「今日、○○さんはきょうだいの文化祭で…」等々教えていただきました。どうしても私のスケジュールでポコ・ア・ポコの日程を決めてしまいますが、来ていただけるときに誰もが来ていただきやすい空間であるように心がけています。いつでもみなさんのスケジュールと気持ちが合わさったときに心おきなく来ていただける場でありたいと思っています。

新聞の『文藝春秋』の広告に藤原正彦の「救国の提言 教養立国ニッポン」の見出しが出ていました。「格差、地方の疲弊、医療崩壊…経済至上主義では人心乱れて国滅ぶ。ならば再生の道はひとつしかないー」ともある。先月のNHK「プロフェッショナル仕事の流儀」で京都市立堀川高校の荒瀬克己校長の取り組みを見ていてあらためて思ったことが学問の大切さだ。学問は何のためにあるのかという根本の命題、学問の哲学にあたるところで国家として信念を持たなければならないのではないかということだ。学問は人の考え方や社会を構造化して客観的に吟味することに最大の意味があるのではないかと私は考えています。教養は学問のないところには育たない。基礎学力は大切だ。藤原正彦は昨年の全国高等学校教頭会総会及び研究協議会の講演「祖国とは国語」でこう指摘している。「『学問』とは、語彙の習得であり、思考を言語化することである。国語を学習する目的は次の3点である。①読書を通して国語力をつけることにより教養を身につける。②国語力をつけることで、論理的な思考ができる。③論理の出発点となる仮説を選択する力である情緒を養う。」“荒れた”学校が秩序を取り戻すとき基礎学力の重視は取り組みに必ず入っているのではないか。藤原正彦の指摘を教育関係者は真摯に受け止め、それぞれの現場で活かしていかなければならないと私は考えている。もちろん、障がいのあるなしに係わらず知的な営みはQOLを高めるものと思う。

昨日今日と秋がいちだんと深まりました。家の前のハナミズキ並木から風もないのに紅葉した葉が次々と落ちていました。この季節も光がとてもきれいです。リンクの「うちの食卓」はトスカーナの旅を紹介しています。どの写真もため息が出るほどの美しさです。

今夜はぶりの照り焼きに挑戦しました。それなりにはできるものの、定番は難しい。

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『博士の本棚』

今週の朝はアテンザの外気温計が8度を示す日がありました。朝はきりりと冷たい方がいい。

水曜日の夜はある中学校の校内合唱祭のビデオをDVDにしていて全学年全クラスのステージを視聴しました。ただモニタで確認をするだけだったのですがいつしか見入ってしまいました。どのクラスもほんとによく歌っている。1年生よりも2年生、2年生よりも3年生がよく歌う。転調を繰り返す難曲を選んだクラスの歌は現代音楽か民族音楽にしか聴こえないがモニタに映る中学生は真剣だ。その姿がほんとにいい。でも、真面目だからどこかおかしい。そして、同じ制服を着ているが一人一人ちがう。今どきの中学生、なかなかやるものだと思いました。

休日に持ち歩くバッグに辻邦生の『嵯峨野明月記』(中公文庫)を入れてあります。辻邦生の語り口は緻密で、日常も思考もそうして連続しているものだと教えてくれている。たくさん考えなさい、たくさん悩みなさいと私を活字に誘う。抗い難い力がある。ところが、である。私は小川洋子の文体も好きなのだ。こちらはモザイクのような印象があります。絵画的ということもできるでしょう。断片と断片との連なりでできている。その“間”のようなものが飛躍しがちな私の思考の仕方と共鳴してしまうのかも知れない。このちがいは何なのか。小川洋子の文体が絵画的なら辻邦生の語り口は音楽的だと思う。ところが、また、ところが、である。フランス音楽はしばしば絵画的と表されることがあります。どこか矛盾する命題ですが、私の音楽のとらえ方は単純で、ただ音楽が好き、というだけなので困ることはない。

今日、小川洋子の『博士の本棚』(新潮社 2007)を買いました。本の本は面白いものですがこの本は格別面白い。立ち読みが止まらなくなって買った次第です。この中で彼女も『小説新潮』臨時増刊の『アメリカ青春小説特集』(新潮社 1989)を読んでいることがわかって、そう、この本はいいよな、と立ち読みをしながら頷いてしまいました。『博士の本棚』は小川洋子の語り口が堪能できる本です。音楽でいえば珠玉の小品集のようです。

少し前に買ったクリサンセマムの苗がポットに植わったままでずいぶん大きくなっています。明日は庭に植えてあげよう。

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音程の不思議

午前中は月1回の地元の療育サークルのムーブメントのセッションでピアノを弾いてきました。「ドレミの歌」を順に歌うとき、発語が難しいお子さんはお母さんの声で録音したコミュニケーション機器やテープレコーダのスイッチを操作してお母さんの声で歌います。録音された歌はもちろん「歌」だけで音程を確かめる術はないはずです。2人のお子さんが支援機器を使っていて、不思議なことに2人とも私のピアノと調性がぴったりなのです。私が使う「ドレミの歌」の楽譜はハ長調ですが、理由あって2度低くキーボードのトランスポーズを設定、つまり、変ロ長調で弾いていることになります。なのに?、だから?、音程が合うのはどうしてだろうといつも不思議に思っています。

1週間前に撮った写真をA4にプリントしてみました。ペーパーはエプソンの「フォト・プリント紙2」で、数年前に買ったものです。プリンタはエプソンA700で、これも4年くらい前に買ったものです。データはiPhotoでトリミングや画像の角度調整をしただけでしたがプリントはきれいでした。それならと他の写真もプリントしてみました。雷雲が低くたなびく雨の合間の空港でブリッジがつながれたボーイング747ジャンボジェットの写真です。この写真は時々PowerBookのデスクトップにもなる私のお気に入りです。ジャンボジェットを見るたびに思うのですが、私はあのスタイルに気品すら感じます。4発の旅客機はランニングコストがかさむこともあって2発の中型機に長距離飛行の座を空け渡しつつあります。でも、今やジャンボジェットのように美学を感じる旅客機はないように思います。過去にはコンコルドがいましたが引退してしまいましたね。

夜は鶏肉のハーブ蒸焼きを作りました。今夜は失敗でした。蒸焼きの時間が長くて完全に焦げてしまいました。この料理は薄く焦げ目がつくくらいがいい。今夜はアルミホイルの一部が破れたのか、アルミのフライパンに流れた汁が焦げてしまい、その臭いに惑わされてしまいました。料理の出来よりもフライパンが大丈夫かと気がかりでしたが、さすがにプロ用だけあってきれいに落とせました。そのフライパンは東京合羽橋で買った“本物”です。重さも尋常ではありませんが頼りになります。

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『冷血』の文脈

朝から細々した用事を済ませてその間に洗濯やら草取りやらHDDレコーダからDVDへのコピーをしていました。2年前に購入したHDDレコーダのHDDは160Gで、LP(Long Play)モードで録画しているのに半年くらい前に空き容量が0になってしまい、データを削除しても容量が0のままでした。空き容量の認識も不具合があったようで、昨夜、リモコンで録画モードを変えていたらLPモードで40時間余の空き容量が認識されました。でも、かなりの満腹状態でDVDへの保存をせっせとすることにしました。DVDへの保存は1タイトル1枚が原則ですね。

昨夜、映画「カポーティ」を観ました。『冷血』の取材から執筆、脱稿までの6年間を映画化した作品です。『冷血』は写真を説明しているかのような描写で、写真を読んでいるかのような錯覚がある作品です。どうしてそのような作品が生まれたのか、その秘密がわかったように思いました。カポーティは“事実”を追い求め続けたのだ。ただ、いささか我が身をその“事実”に置き過ぎた。そのことは『冷血』を斬新かつ緻密な作品成らしめているのだが、彼はその後「筆を断つ」ことになってしまう。皮肉なものだ。ところで、この映画、ピアノとテナーサックスの音がとてもきれいだった。(映画「カポーティ」はDVDをPowerBookG4+iPodのイヤホンで視聴)

ブログのデザインを「落ち葉」に変えました。落ち葉の季節というわけではなく、白のバックがきれいなデザインを選んだまでです。リンクの「うちの食卓」「今夜もeat it」「一日一膳」はすべてExciteのブログです。どのブログも写真がすごくきれいで白のバックに映える。その雰囲気を入れたくて、でも、cocologでは携帯対応でそんなデザインはなくて、どうにか「落ち葉」を探した次第です。

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ウィークデーの音楽談義

昨日は財団法人地域創造の公共ホール音楽活性化事業でヴァイオリンとピアノの演奏会に行きました。エルガーの「愛のあいさつ」で始まり、モンティの「チャルダーシュ」で終わりました。「チャルダーシュ」を生演奏で聴くのは初めてで深く聴き入りました。まさに明晰な演奏で曲の構造感が浮かび上がるような印象がありました。

ヴァイオリンといえば、NHK-FM「ミュージックプラザ」第1部クラシックのオープニング・エンディングテーマ曲はヴァイオリンの旋律がとても魅力的です。調べるとジーツィンスキーの「わが夢の都ウィーン」とのこと。ヴァイオリンソロの旋律がいつ終わるともわからないような上下を繰り返す曲で、そのある意味フレーズ感のなさが揺れ動く心の切なさを奏でるのだ。ディズニーの「A Whole New World」も似た旋律構造を持つ曲で、これも魅力的だ。それにしてもこのヴァイオリンは誰が弾いているのだろう。そして、選曲したのは誰なのだろう。

昨夜、寝る前にテレビをつけたらNHK-BS2の「東京JAZZ2007」で“あんみつ”が「TRUTH」を演奏していました。生ギターで「TRUTH」です。眠いこともあって始めは何の曲だかすぐにはわからなかったのですが、あのF-1のテーマの「TRUTH」だとわかると目と耳が冴えて最後まで聴いてしまいました。すごくおしゃれでインテリジェンスが見え隠れする品のよさがあります。今夜の放送で今年の東京JAZZは4枚のDVDに収まります。宝物です。

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