アーカイブズ

自宅の片づけがなかなか進まない理由、単に言い訳なのですが、まず、整理する空間の確保が難しいことがあります。本など物が多すぎます。これは物理的な理由ですが、片づけをしていると次々に本や資料に目が留まってそこで作業が中断してしまうのは性分です。発見、再発見が多すぎて面白いのです。VHSのビデオテープをDVDにダビングもしています。また、8mmビデオカメラが作動することがわかって8mmからDVDへのダビングもできることになりました。こうなると片づけは泥沼状態に陥るのは明らかです。でも、今のうちにアナログデータをデジタルデータに変換して活用できる状態にしておきたいと思っています。こうなると自宅の片づけが完了するのは遠い未来になってしまうのかもしれません。

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授業で感じたこと

昨日今日と非常勤で勤務している肢体不自由の特別支援学校の小学部の授業に入りました。身体の状態は一人ひとりちがうので姿勢保持などの仕方や配慮も様々です。でも、肢体不自由の子どもだけでなく大切なことは重力との関わりだと思います。床や椅子などに座ったときの姿勢や不安定なラージボールの上に座ったときのバランスなど、適切な補助によって子どもの定位感はちがってきます。子どもが自分なりに抗重力姿勢を調整する感覚が身につくように指導することがQOLの向上に大きく貢献するものと考えます。不安定なはずのラージボールの上に座ったときの方がしっかりした表情や眼差し、首を回して周りを見渡すなどの姿がありました。1時間、子どもといっしょに勉強してこのことを私自身の身体が思い出しました。子どもとのリアルタイムのやりとりからよりベターな“支援”を重ねていくこと、誤解を恐れずにいうとそれは教育現場の醍醐味だと思います。リアルタイムの子どもとのやりとりの積み重ねが密度の高い学習時間を生み出します。

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Distinguished Gentleman's Ride

退職後の新しい“遊び”としてバイクに乗ることにしています。かつて乗っていたのでいわゆるリターンライダーですがブランクが長いので新鮮です。その四半世紀のブランクを経てバイク雑誌を見ると新鮮だったり懐かしかったり、ときには少し考えてみたりします。その中で引っかかったのは「男ならバイク」という図式が色濃いということでした。「男ならバイクに乗るもの」「バイクに乗ってこそ男」というメッセージが伝わってくる。そうかなぁ・・・という引っかかりです。私が探しているのはもっとちがう“意味”だと思いました。日常の移動の道具としてのバイク、且つ、ストレートに心がときめくバイクで毎日の彩りとなる存在です。4月に観た映画「ローズの秘密の頁」でもバイクが名脇役でした。そう思いつつ出会ったひとつのスタイルがDistinguished Gentleman's Ride(DGR)でした。

トライアンフジャパン大阪のサイトの記述が面白い。「当イベントは、クラシックバイクとカスタムバイクのイメージに焦点を当てて企画されました。レトロがテーマであり、カフェレーサー、ボバー、クラシックといったバイクはまさに最適です。スーツとの組み合わせで少しでも滑稽に見えてしまうオートバイは相応しくありません。プラスチックで覆われたスポーツ用モーターバイクや、ツーリング用の大型バイクでの参加はお控えください。」趣味性の高いイベントです。そんなバイクがあったら私もエントリーしたいものです。でも、「スーツとの組み合わせで少しでも滑稽に見えてしまうオートバイ」というフレーズは見方次第でしょう。トム・クルーズがスーツでレプリカに乗っている映画のシーンがあったように思いますが違和感は感じませんでした。私のバイク(6月下旬納車予定)はスズキのBANDIT 1250Sで色は赤です。ときにはスーツで乗ることがあるかもしれません。自分のスタイルで乗りたいと思っています。

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「このゆびとーまれ」

昨日の三重小児在宅研究会で富山県の小規模多機能事業所「このゆびとーまれ」代表の惣万佳代子さんの講演を聴く機会がありました。実に11年ぶりです。惣万さんは近年、ナイチンゲール賞を受賞され、今年は藍綬褒章を授与されました。11年前、富山で開催された第3回地域共生ホーム全国セミナーに参加して「必ず社会現象につながっていくと思う」とこのブログに記しましたが、幅広く名実ともに社会で認知されてきていることをとても嬉しく思います。10月にはフォーラムが開催されるとのことで私もぜひ参加したいと考えています。11年前のブログを読み返すと「やっと行けるようになった」との記述があることからその機会を待っていたことになります。なぜ地域共生をテーマとするセミナーに行きたいと思ったのか。(京都)岩倉にも触れています。野沢和弘さんや浦河べてるの家との出会いもありました。今、様々なたくさんの糸を手繰り寄せることも脳の再起動につながると思っています。

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「差出人は紫式部」

横長のゴム印の赤い文字に「差出人は紫式部」とある郵便物が届きました。中身はE・バイロイター著、山城順訳「ディアコニー ドイツ・キリスト教社会福祉の歴史」(ゆるり書房 2007)です。長崎ウエスレヤン大学教授(当時)山城順先生のホームページ「パルーシアワールド」を初めて訪れたのは2005年の初夏、障害学分野の調べものをしていてのことでした。私が検索したキーワードは「福子」でした。「現代社会とキリスト教」と題されたページには病や障害、癒しなどについてキリスト教の枠を超えて記されていました。記述は歴史や文学と広く、深きにわたるものでした。それからしばらくすると「パルーシアワールド」は閲覧できなくなっていました。記述内容が個人情報の扱いに疑義があるとの指摘があったとか。その後再掲された文書は割愛されたのか4分の3くらいの分量のように思いましたが、キリスト教の考え方が社会のあり様のベースになっている欧米の状況を考えるときに欠かせない示唆を与えてくれるように思いました。今日届いた「ディアコニー ドイツ・キリスト教社会福祉の歴史」は宗教改革以前から1982年当時までのキリスト教社会福祉について書かれてあってたいへん興味深い内容です。読み易い本ではありませんが障害や病気の人たちと社会のあり様を考える時、何かしらの示唆があるように思います。

「差出人は紫式部」というのは古本検索サイト・スーパー源氏の加盟店がゆうメール割引サービスを利用して本を送るときの“記号”のようです。

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XGWorks × Windows10

XGWorks4.07がWindows10で動くことは自作PCでわかっていたもののそれはXGWorksをWindows7のときインストールした後にOSをWindows10にバージョンアップしてのことでした。今回はWindows10へのインストールです。“そのまま”ではインストールできたように見えても起動しなかったので無難に「互換性のトラブルシューティング」から「WindowsXP(Service Pack 3)」にチェックを入れてインストールしました。音源モジュールMU500のUSBドライバはYamahaのサイトからダウンロードしました。セットアップの仕上げはXGWorksの「設定」で音源のインとアウトの指定です。これで2001年のデータがそのままよみがえりました。Windows98時代の17年前の打ち込みがそのまま聴けるというのは驚きです。このあたりは音そのものを文化、遺産と考える音楽界の考え方が支えているのだと思います。物理的な音の良し悪しだけでなく、その音を使ってその頃の人たちが楽曲を作った意図を大切にしているわけです。それはなぜか・・・音楽だからです。音の記憶、音楽の記憶はそうした身体性にかかわるものだと思います。今の音での演奏はそれはそれで同じように意味がある。編曲も然りです。今回、このMacBook AirにXGWorksをセットアップしたのはやり残しの仕事のためです。

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森の写真

NHKでアニメ「ピアノの森」が放送されています。全24話中8話まで放送されました。2007年7月公開の映画版「森のピアノ」は当時すごく感動してDVDを買い求めました。そして11年後の今、全編がテレビアニメ化され放送されるのでしょうか。音楽の使い方やピアノを弾く指使いの絵がとてもていねいで毎回面白く観ています。でも、今日は森について書きたいと思っています。森の写真です。

このアニメ、映画もですが、森の場面がたくさんあります。いろんな緑色が登場します。季節は春から夏に向かう今、木々の緑は日一日と濃くなってきています。その色の深さや多彩さ、グラデーションは見ていて飽きません。森の写真に圧倒されたのはギャラリー916で訪れた上田義彦氏の写真展「森の記憶」がきっかけです。そしてアニメ「森のピアノ」や雑誌「pen 6/1号」の軽井沢の森の特集と続きます。軽井沢の森をフィールドとしている田淵三菜氏の作品が印象的です。先日DVDで観た「思い出のマーニー」の緑の洪水も然り。このところ木々や草花の緑に惹かれます。梅雨時の濃い大気に包まれた木立の中で息を深く吸うと肺の隅々まで湿気と緑の粒子が行き渡るような感覚があります。森や大気との一体感といえるでしょうか。今はそれが待ち遠しい。

今日は田淵三菜氏の写真集「into the forest」が届きました。そこにあるのは北軽井沢の森であり、その森を歩き見つめる田淵氏の「まなざし」です。折りしも木々の写真を撮り始めているので身近に感じます。田淵氏は昨年の入江泰吉写真賞を受賞されました。今、入江泰吉記念奈良市写真美術館では前述の上田義彦氏の写真展「森の記憶」を開催中です。時間を見つけて訪れたいと思います。

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「静かで、にぎやかな世界 ~手話で生きる子どもたち~」

昨日のNHK ETV特集をたいへん興味深く観ました。東京都品川区にある日本手話で敎育を行う明晴学園を取材した「静かで、にぎやかな世界 ~手話で生きる子どもたち~」です。NHKは昨年も明晴学園を特集した番組を制作しています。ハートネットTV「静かで、にぎやかな学校~手話で学ぶ明晴学園~」(10月2日初回放送)です。2つの番組は一部同じ映像を使っていながらずいぶん印象がちがいます。今回のETV特集はとりわけ引き込まれてしまって放送後すぐに録画を2回繰り返して観ました。はじめは特別支援教育の視点で観ていたはずなのに、いつの間にか敎育のあり方そのものについて考えてしまっていました。キーワードとして思い浮かべる言葉を並べてみると、「子どもの成長」「身体性」「今日的な教育課題へのアプローチ」「言語の習得」「自己肯定感」「少人数教育」等々です。敎育全般に汎化する問いかけがたくさんある番組でした。「今日的な敎育課題へのアプローチ」とは教育の本質を問うときのひとつのモデルとの受け止めです。このあたりは制作者もNHK_PRのサイトに記しています。「初めてこの学校の子どもたちを見たときに、考えさせられたこと。それは、子どもの育ちに必要なことってなんだろう…ということでした。」私もそうでした。特別支援教育について云々する前にまず教育、子どもの育ちのために教育は何をしなければならないのか、それを問うことが不可欠であることをこの番組の子どもたちの姿が私たちに示しています。

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もうひとつの“ポコ・ア・ポコ”

大雪で屋根が壊れた倉庫を整理していたら小学校で音楽専科だったときの「音楽だより」1年分をまとめたファイルが雨で濡れて捨てざるを得ませんでした。無念の思いがありましたが仕方ありません。でも、複数部残していたはずだと本棚を探したらありました。1994年度、平成6年度のものですから24年前です。毎週末に翌週の学習予定や音楽の話、子どもたちの感想などを載せました。全37号で音楽の授業が全て終わった後の号外「卒業式の歌」特集がひとつあります。若気の至りで書いたところもたくさんあって読み返すのはなかなか勇気が要るので本棚に立てたままになっていました。10年ぶりか20年ぶりかわかりませんが読み返してみると、今書いてもきっと同じことを書くだろうなと思いました。新鮮に感じるところもありました。こんなものを毎週4年生から6年生の9クラスに配布していたのかと思うと恥ずかしくなりましたがあらためての気づきもありました。「自分がどう感じるかということを大切にして音楽をきいたり歌ったりしてほしい」というメッセージは今も変わりません。今は障害がある子どもたちの教育に携わるとき大切にしてほしいこととして機会ある度にお話ししています。この頃から同じことを考えていたわけです。この「音楽だより」の名前が「ポコ・ア・ポコ」なのでこの記事のこの見出しです。

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日本在宅医学会をふり返って

先月末の日本在宅医学会は情報の質、量ともたいへん充実していて抄録やメモを読み返しては在宅医療の現在に思いを巡らせています。シンポジウム「居場所づくりが地域を豊かにする~こども食堂や保健室~」の終了間際にフロアからあった発言(質問)は今後目指すべき社会のあり様を示唆しているように思いました。「人の支援を目的化しない」つまり、コミュニティを構成する人たちが自分たちの「身の丈」に合ったコミュニティの機能を見つけ構築していけるように仕掛けを作っていくことの大切さです。この学会は文字通り在宅の患者を見守る医師の会で子どもたちも然り。病気や医療的ケアの子ども、障害があったりがん経験者や緩和医療を受けていたりする子どもたちです。特別支援教育の専門性とも深くリンクする内容でした。がん教育を行うに当たって小児がん経験者や家族にがんの人がいる子どものサポートにつながる具体的な取り組みの報告もありました。また、六車由実さんの「「対話」によるつながりの「回復」ー介護民俗学の聞き書きの実践からー」と森川すいめいさんの「オープンダイアローグ(開かれた対話)なぜ対話だけで精神病状が安定するのか?」は玉手箱が目の前で開けられているように思われて深く心に刻まれました。丸々2日間学会を聴き続けて、聴くということでこんなにも疲れたことはないというほどのエネルギーを使いました。でも、この先の私の活動や取り組みのベクトルをしっかり見定めるまたとない機会となったことは確かです。

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